2008年の8月29日から30日にかけて、
東京はバケツをひっくり返したような大雨が降り、
雷と雨がとんでもなくひどいというニュースだった。
当時はたしかまだゲリラ豪雨という言葉はなかった。
その夜、ぼくは仲間と伊豆にいて、
酒とゲームと煙草と尽きないおしゃべりからそうそうに離脱、
湿っぽい二段ベッドの下段でぼんやりしていた。
まさかその雨の中で彼が高いところから落ちて死んじゃって
なにもかもきれいに洗い流しているなんて思いもよらずに。
「悪い予感のかけらもなかった」と清志郎は歌ったんだよね。
ほんとそのとおりだ。
かけらも、なかった。
まあ、あれは恋の歌だけれど。
3年経ちますね、と、電話をかけた。
お母さんはいつもの明るい声で、
あの子、ほら、ことしは、大勢のひとが
あちらに行ったでしょう、
世話焼いて忙しくしてるに違いないわよ、
と、笑った。
遠い町にいるのよ、元気でやってるにちがいないわ、
というような感じで。
うん、たしかにあいつにはそういうところがある。
ぼくもそう思います、
きっと忙しくしていますねと言い、
近況を聞いて電話を切った。
ぼくは、あちらのことはよくわからない。
死んだら、スイッチが切れるみたいにぷつりと
なにもかも、もちろん思いだとか考えだとか心だとか
そういうものもなにもかもがなくなるんだろうと思っているんだけれど、
それでもなぜだか、
「はーい、こっちですよー」と、
心配いりませんよというような顔で
戸惑う大勢の人の面倒を見ているゴリちゃんが、
やっぱり、どこかに、いるような気がする。
3年経ったらどんな顔になったろう?
もともと年齢と雰囲気がそぐわないというか
ちょっと老成したようなところがあったから
「きみは40代とかになったら
ずっと格好良くなると思う」と言った事がある。
歳を重ねたら、それなりにムードが出たんじゃないか。
なあ、おい。
2年、その日と重なるのがなんとも悲しくて、
どうしても行けなかった伊豆に今年は行った。
雨だった東京から伊豆に入るとだんだん雲が薄くなって
土曜日はいちにちうすぼんやりと晴れた。
海岸は強い風が吹いて、すこし涼しくて、
もう夏が終わるんだなあと思った。