やけにぐっすり眠ったと思ったら、
夕べは赤い肉を食べてワインをしこたま飲んだのだった。
二日酔いはしない。もともとあんまりしない。
そして腹が減って起きる。
いつものことである。
ちょうどパリに来ている友人たちが
「ディズニーランドに行くけれど一緒にどうですか」
というお誘いがあった。
でもきょうは引きこもって仕事をしようと、
無念のお断り。
そう決めて、でもまずは朝ごはん。
朝っぽいサラダに、
シブレットを入れたオムレツに、
ハムと、クロワッサン。
そして意外とちゃんと仕事。
午前中いっぱいはそれで過ぎた。
さて、用事がひとつある。
Navigoの更新である。
Navigoというのはパリとその周辺、
イル=ド=フランスで使える非接触決済の
交通カード。つまりsuicaのようなもので、
ぼくがつくったのは2007年だったか、そのあたりだ。
居住者用と非居住者用があり、
ぼくのようなものはふつう非居住者用の
「Navigo Découverte」をつくるところだが、
べつに証明は必要なくって、
住所さえあれば(郵送されてくるから)発行可能だった。
(いまはどうなんだろう?)
ぼくは友人がパリに住んでいたので、
その住所でつくってもらったのだ。
しかしこのNavigo、チャージしないでいると
有効期限が切れてしまう。
ここのところ短期滞在が多かったので
回数券でいいやと、チャージをしないでいたら、
案の定、切れていた。
チャージは自販機でするのだけれど、
「有効期限が切れています。窓口で更新してください。」
と出る。
すぐ横の窓口に行ったら、
「ああ、これは、LES HALLES駅に行かないとダメね」
と言われてしまった。
それでLES HALLES駅に向かったのです。
(歩いてすぐ。)
しかしここで適当な窓口に行ったら、
「上」と、上階を指で指す窓口のおじさん。
うむ、この無愛想は、パリっぽいぞ!
しかし「上」がどこかわからない。
ぼくの語学もそれを質問できるほどではない。
しょうがないので近くにいた案内係のおじさんに
英語で訊く。すると、彼もわからないようだが、
こちらのおじさんはとても親切だった。
別のおねえさんに訊いてくれ、
そのおねえさんが、改札を通してくれ、
上に行って改札を出たところの窓口よ、
と教えてくれた。
ああ親切。かつてのパリっぽくはないけど、うれしい。
こういう変化は歓迎!
はたして上階で、ぶじ更新ができた。
しかも、2018年にデザインの変更があり、
フィリップ・スタルクによるかっちょいいカードになった。
コンピュータにぼくの顔写真が登録されていたので、
できあがったカードには12年ほど前の僕がいた。
「ああ、パリに来ると、若い頃の僕に会えるのか」
と、つぶやいてみたが、誰も聞くものはない。
(ばかですね。)
さて。一段落して、ふと、
「あのクロワッサンが食べたい」と思った。
それは幾年か前の冬、
16区に泊まった時、近所で食べたクロワッサンで、
持つとずしりと重く、
食べると濃厚にバターの味がして、
これほどまでに大量のバターを入れるとは!
と驚いたのだ。
でも近所の数店舗で買うクロワッサンは軽くて、
それはそれでおいしいのだけれど、
あの重たいのがもういちど食べたい。
店名は「Boulangerie Aux Castelblangeois」といい、
調べたらパリ市内に数店舗。近くなら1区にある。
歩いて行けるじゃないか!
‥‥はたしてそのクロワッサンは、軽かった。
ほかの店とかわらないよ。
じゃああの冬に食べたクロワッサンはなんだったんだろう?
もしかしたらパン職人がうっかりバターの塊を
いつもの倍量くらい入れちゃったのかもしれない。
それで親方に「ばかやろう」と叱られるも、
わけのわかっていない東洋人が買いに来たので、
まあいいかと、売っちゃった‥‥とか。
そんなわけはないか。
それにしてもあの冬に食べたクロワッサンは美味しかった。
信じてもらえない系の話をすると、
2005年くらいだったか、
場所はモンパルナス・ビエンブニュー駅だったか、
もういろいろ忘れているのだが、
超高速エスカレーターがあって、
その出入り口が「そろばんを逆さにして敷き詰めた」ような、
とんでもなく滑るしくみの床だった。
頭上には「転倒注意」の電光掲示板があって、
じっさいにすってんころりんと滑っている人がいた。
慣れないぼくもあやういところであった。
と、この話をすると「まさか」と言われるのだがほんとうです。
長くパリに住んでいる人の声を聞きたい!
あと、30年ほど前、
ウィーンのプラターという遊園地では
メリー・ゴー・ラウンドがほんものの馬だった。
これもなかなか信じてもらえないけどほんとうです。
クロワッサンを買った帰り、
部屋に戻ろうと歩き始めて気がついた。
ここは1区、ということは
タルタルのおいしい店
「Les fines Gueules」の近くじゃないか。
ひじょうに発音しにくいけれど、
ぼくのなかで(そんなに食べてないけど)
パリのタルタルナンバーワンのお店です。
たしかランチをやっていたはずだよなあ。
調べてみたら、道をまっすぐ行けば着く。
行きましょう行きましょう。
12時過ぎだったが、店内はがらがら。
予約していないんだけれど、と言うと、
どうぞどうぞと入れてくれた。
何か食べたいものがある?
と訊かれたので、タルタルと答える。
ぼくは間違えて「仔牛(veau)のタルタル」と言ってしまい、
「仔牛はないわ。牛(bœuf)ならあるけれど」と言われる。
それですそれです、それください。
きょうは(いつも?)シャロレー牛のものだそう。
「前菜に仔牛のカルパッチョがあるのよ、最高よ」
というので、ダブル牛にする。ダブル生牛。
なんかこの組み合わせ、以前も食べた気がする。
しそを使ったカルパッチョはつるりと咽喉をすべり、
あっという間に完食。
ナイフで叩いてつくられたタルタルは、
すでに味がつけられていて、上にドライトマトがのっている。
ちいさな芋との相性もばつぐんで、うまいのなんの。
強めの赤ワインを1杯もらって、すっかりごきげん。
デザートにブランマンジェとコーヒー。
ああやっぱりこの店、好きだなあ。
1時をすぎて、いつのまにか店は満員に。
みんなランチが遅めなんですね。
そこからエチエンヌ・マルセル通りをまっすぐ西へ進み、
アパルトマンに帰る。
途中、こんな光景が「ふつう」にあることに感動。
スーパーのG20でキッチンペーパーにトイレットペーパーを、
食材店で豚肉(ソミュールに漬け込んである)と
マッシュルーム、ポロネギなどを買い帰宅。
あとは部屋にいてのんびり。
昼がごちそうだったので夜はチーズとシャンパーニュだけ。
ヴーヴ・フルニ、おいしかったな。