日曜日。
この旅は朝になってから
「さあ何をしようか」と考える。
最初から計画していたことはほとんどなくって、
ぼくは「現地の食材で料理をしよう」ということのみ。
それはもう毎日たのしくできているので
ことさらなにかしたいかと言われても
とくになかったりするのです。
そうはいってもいい天気で、
こんなに恵まれているんだからと、
朝いきなり出てきたプロフィットロールやカンノーリを腹におさめ
(朝からこれはきついー)、
カロリーを消費すべく午前中は街を歩くことに。
あてどもなく、というのがぴったりなぶらぶら歩きで、
教会に寄ったり、美術展を観たり、
貴族の館を見学したりと、
わりと一般的な「観光」をしました。
無料でやっていた、イタリアの銀行による
美術コレクションの展示は、
カラヴァッジオの時代のキリスト教絵画、なのだけれど、
まあ見事に「特級品」ではないというか、
ミュージアムピースにならないというのはこういうことか、
というレベルがよくわかってよかったです。
やっぱり大きなミュージアムに収蔵されるというのは
すごいことなのだなあと。
美術館の絵ばかり見ていると
こういうことがわからなくなるんだろうなあ。
貴族の館というところは、
たしかに豪奢で贅の極みを体言してはいるのだが、
ここはヨーロッパにおける「いなか」なので、
やっぱりどうしてもにじみでるその印象。
過剰なバロックの感じとかは、
まあ時代もあったんだろうけれど、
いまのぼくらには、TOO MUCHというか、
少々、品のない感じに思えてしまう。
しかもピッカピカに現存しているというよりは、
ぼろぼろになったりもしているので、
余計に、斜陽の薄暗い光というか、
かなしみを超えてしまった切なさがにじんでいる。
でもまあそういうことはぼくらが現代人で
しかも東洋から来ているからなのだろうなあ。
家に戻ってごはんをつくって食べ、
ちょっとビールを飲んだりして休憩。
「ねえ、オペラに行かない?」
という提案を受ける。
オペラ!
そうなのです、徒歩5分ほどのところに
マッシモ劇場という、ヨーロッパでも3本の指に入る
(ウィーンのオペラ座、パリのガルニエに続く規模)
巨大な劇場があって、
ここではかの『ゴッドファーザーPart3』が撮影されている。
ちょうどいまオペラ「ジークフリート」をやっているのを、
ネットで調べて知っていたので、
「滞在中、気が向いたら行く? どうする?」
程度に考えていたのです。
しかしなにしろ同行のT嬢の荷物はまだ来ないので
(まだ来ないって?! アリタリアめ!)
そこに入っているすばらしいドレスや靴は着られない。
カジュアルウエアで行っても楽しくないし、
ということで、のばしのばしにしていたのを、
「もういい!」というT嬢の決断により、
「今日の5時半からの回に、行っちゃいましょうよ!」
ということになったのでした。
こんな年末で、いなかで、しかもワーグナーで、
さらに「近未来の設定」というわけのわからない演出ゆえ、
きっと当日券があるだろうと。
さて、ぼくはオペラをふだんそんなに見ません。
でも嫌いじゃない。経験がとても少なく、
そのあたりの教養も、まったくない。
よく言えば「逆に自由」。
そして旅先でのこういういきあたりばったりの感じが好きなのと、
つい最近、近しいものと東京でオペラの話をしたばかり。
ここで体験しておくのは、未来に向けて楽しいよね、
という気持ちもあったりして、
こういうときのために持ってきた
ジュンヤ・ワタナベ・マンの上下セットアップで
はりきって出かけました。
新古典主義様式の外観に、
アール・ヌーヴォーの内装。
ぼろぼろの、現代(いちおう近未来らしい)な部屋。
上映中は写真がとれませんが、
このレビューにある画像を見ていただくとわかるように
主人公のジークフリートは、ぼろぼろのネルシャツを着た
ジャック・ブラックみたいなぶよぶよしたお兄さんで、
なぜかクマのぬいぐるみを相手にしております。
そしてプリマ・ドンナも、かわいそうな衣装。
5時間におよぶ上映は3幕に分かれていて、
この「部屋」が第1幕。そして「森」が第2幕です。
そこでの「大蛇(巨人族ファフナー)」は、
モニターの目と口がついているというフォーク・リフトを
オレンジの作業着(汚れてる)を着たおじさんが運転している、
という、ひじょうに斬新な演出。
森の光景は、巨大な弾幕のみで、床には人工芝、
劇場の舞台の奥行きをめいっぱい使って、
おそろしく広大な舞台世界となっています。
第3幕は、森の神々(だと思う)が、
円に並んで、なぜか服を脱ぎ出して、
それぞれぱんつ一枚(どうも自前っぽい)になって
ハダカでくねくね踊るところからなのだけれど、
ダンス・カンパニーじゃないから、まあこの肉体が、
どうにも人前に見せるものじゃなく、
もう演出家が意地悪としか思えない。
そのあとはさすらい人(ヴォータン)との
戦いのシーンにつづき、
ジークフリートとブリュンヒルデとの恋の景なんだけれど、
延々と、その、あんまりきれいじゃないふたりが、
くんずほぐれつ、いやらしいったらない。
それだけで1時間くらいあったんじゃないだろうか。
まるで「寸劇・ブレードランナー(ジャック・ブラック主演)に
すばらしいオーケストラと歌がついている、
というような気分で、たいへん混乱しつつも、
結局、あれ? もう5時間たったの?
と思ったりもしたのだから、生音ってすごいですよね。
ワーグナーはまったく華美さがないんで、
シチリアにいる感じとはじつにそぐわないのに、
それでもやっぱり生音に身をひたすのは楽しい。
映画だったら耐えられないと思うんだけど。
(ものがたりについてはこちらが詳しいです。)
いったい褒めてるのか貶しているのかわからないですが、
自分でもしょうじき、わからない。
「おもしろいものを見たなあ」ということです。
もとい、幕間に飲んだスプマンテのおいしさとか、
バールにいた巨大な女装のおじさんの姿とか、
ボックス席(下手3回の舞台寄り)の手すりが低くて
しかも乗り出さないと舞台が見えないくらいの場所だったので
高所恐怖のあるぼくには
最初おしっこちびりそうなほど怖かったことなど、
いろいろおもしろかったです。
22時半をすぎて歩いて戻ると、
街はとてもにぎやか。
昼間よりにぎやかなんじゃないの?
そうかここの人々は宵っぱりなんだなあ。
いつも早々と寝ちゃうから、わからなかったなあ。
でもさっさとラインやって寝るんだけど。
ぼくの抱き枕ちゃんはどこだ。グー。