年男である。初夢はまだ見ていない。
deux mille quatorze、われらが年。
4時半にいちど目が覚める。雨が降っている。
粒は大きいが疎(まば)らな雨。
滞在中、ときどき雨に降られたが、
曇天でも空はいつも明るくて、すぐに止んだ。
きょうもたぶん、明るくなるまでには止むように思う。
何度かこの季節に来ているけど、
しょぼしょぼと冷たい雨がずっと降り続いていた年もあるし、
手袋とマフラーと耳まで覆うニットキャップがなければ
とてもじゃないけど外出できないような寒さの年もあった。
今回は晴れ間ものぞき、ひどい寒さもなかったし、
ネットで調べると東京より温かいみたいだ。
雨は降っても傘を必要とするほどの打たれ方はなかった。
上々。
お茶を飲もうかな。
旅に出るとからだの声を聞く。どうすれば快適か、
日常よりもずっと耳をすませて聞いている気がする。
東京にいると、そうは思っていても、
右頚のコリ、偏頭痛に悩み、
ひどいときは顔の右半分がゆがんだりもする。
風邪も引けば、微熱を出すこともあるし、
咽喉の腫れやイガイガはしょっちゅうだ。
ぐっすり眠れることもじつは少ないので、
こうして「朝までぐっすり」で
すっきり目覚める1週間は貴重なのだ。
夢もほとんど見ていない(すっかり忘れているのだと思う)。
暗いなか、淹れて飲んだお茶は、
日本から‥‥というよりもネパールから持ってきたお茶で、
SILVER TEAと袋に手書きしてあるものだ。
紅茶というより白茶の種類で、形状からして
SILVER TIPS TEA(白芽茶)ではないかと思う。
信用できる店でいちばん高い値段がついていた。
(が、信じられないくらい安い。
日本に持ってくるととんでもない価格になっちゃう。)
マグカップに直接茶葉を入れて熱湯を差し、
茶葉が沈んだ頃に飲む。
苦味はなく、渋味もなく、うっすらとした甘みと、
わずかな香りがたちのぼる。
強さはないが、柔軟さがある。そんな印象。
アジアのお茶ではあるが、
特定の国の印象に属さない潔さを感じ、
そんなところも好きだ。
咽喉を通るったあと、背中の方まであたたかくなって、
すうっと、やさしくほぐれる感じがする。
緑茶も紅茶も烏龍茶もコーヒーも好きだが
(口に入るものはなんでも好きだと思うが)、
ここのところ、この白茶がからだに合うみたいだ。
さて、まるまる一日使えるのは今日で最後!
明日朝、発たねばならないので
冷蔵庫の中をきれいにする必要があります。
29日に買ったステーキ用の肉は、
熟成が進みすこし茶色くなって、
香り(匂いと言った方がいいかな)も
ずいぶん強くなってきている。
肉は匂いでわかるから、ぜんぜん平気。
そもそもこちらに来るとデジタルな消費期限を気にしなくなる。
あ、日本でも、か。
(それでもたいてい期限が
激しめに書かれているので気になっちゃいますよね。
そもそも賞味期限と消費期限は違うのだが。
農水省のHPにも
「賞味期限を過ぎても食べられなくなるとは限りません」
って書いてある。)
肉にオリーブオイルを塗って、にんにくをちらし、
オーブンをコンベクションにして180度で12分ほど。
ア・ポワン(ミディアム)にしたかったが、
ビアン・キュイ(よく焼き)になっちゃった。
それでもぷるんと弾力のあるいい感じに仕上がりました。
やっぱり肉の質が違うよなあ。
さらに調理。エシャロットを刻み、バターで炒め、
チーズといっしょにオムレツの具に。
昨日のポロネギのスープは、すこし水を足して沸かし直す。
マーシュ、二十日大根、蕪を
オリーブオイルとレモン、塩こしょうでサラダに。
コーヒーを淹れ、「赤いジュース」をグラスに注ぎ、
乾燥を防ぐため切ってビニール袋に入れておいた
座頭市バゲットを添える。
うむ、プチ・デジュネ(朝飯)ではなく
完全にデジュネ(昼飯)の量になっちまいました。
そして残飯処理をしすぎて、あと2回は家でごはんを食べるのに
冷蔵庫にモノが少なすぎるという状況に。
またちょっとジャンボンでも買っとくかな。
そうそう、その「赤いジュース」だけれど、
これすごいですよ!
名前はROUGE PLAISIR。
ぶどう、フランボワーズ、ブラックベリー、
チェリー、そしてスグリ。
なんてんたって100%のジュースで、
こんなの日本で見たことない。
あったらすごく高いだろうな。
でもわりとふつうにスーパーで売ってる。
ちなみにスーパーで売っている100%ジュースは
オレンジもりんごもブラッドオレンジも、
ぜんぶ飲んだけどいずれもおいしい!
でもひとつだけって言われたらこれかなあ。
濃いから炭酸で割ってもいい。
ワインと割ってヴァン・ショーにしてもいいんじゃない?
ああ、こういうのがぜんぶ持って帰れたらいいのに、
いや、持って帰れないから旅に出るのだ。
そこはパラドキシカルなジレンマだ。
「どこでもドア」なんてすべての国境に
パスポートが不要になる時代を夢見てのパラダイス的発想。
そしてそんな時代は来ない。生きてるうちは。
でもせめて「どこでも冷蔵庫」ができないかな。
こっちで買ったものを入れておくと東京で取り出せるの。
ともだちの家とじぶんの家をそれでつなげておいて
ネットで入金して買ってもらうんだ。
きょうマルシェが立つ日だから、お肉買っといて! とか。
‥‥いや、それもつまらないな。
それじゃますます、旅に出る理由がなくなっちゃう。
さて、出かける時間。予想通りよく晴れた!
きょうは市庁舎Hôtel de Villeで開かれている
ブラッサイの展覧会「POUR L'AMOUR DE PARIS」を見るのだ。
パリでブラッサイが見られるなんて、
しかも市庁舎でなんて、そうそうない機会。
並ぶだろうなと思って開館前に行ったがすでに長蛇の列。
1時間近く並んで入りました。
ブラッサイといえば「夜のパリ」しか知らなかった。
こんなに生き生きと愛情をもってパリとパリのひとびとを
撮りつづけていたとは知らなかった。
暗さはみじんもない。生へのよろこびにあふれている。
娼婦たちをとりまく欲望の瞬間も
ブラッサイにかかればうつくしい生のいとなみ、
レアールの肉屋たちは生き生きとしていて
レンブラントの肖像画のようではないか。
しかも館内ではブラッサイによる短篇映画も上映されていて、
これは動物園の動物たちを撮って編集した音楽劇のような
ふしぎなショートフィルム。
これもまたいのちの讃歌。
ほんと誤解していたなあ‥‥。
そしてこれだけの質量の展覧会が無料。
せめてもと、英語版のカタログを購入。
見終わるとちょうど昼時。
タルタルを食べにLa Robe et le Palaisへ行く。
パリの人は昼食もゆっくりのんびりらしく、
12時ちょい過ぎは客はゼロ。
Tartare de boeufを注文する。
ここのは、オリーブオイルとシブレット、
パルメザンで味がつけられいてる、
ちょっとイタリアンな印象。
つけあわせのポムフリットはコロコロタイプ。
うまい‥‥。しみじみうまい。
ああこれが最後のタルタルだろうか。
これだけシンプルなレシピが、
行く先行く先ですべて味が異なり、
そしておいしいというのはどういうことだ。
行きたかったが閉まっていたいくつかの店は
次回のたのしみとすることにしよう。
デザートはパリ・ブレスト。
自転車の車輪のかたちをした、
シュー生地でアーモンドカスタードクリームをサンドした
古典的なお菓子。
これもたいへんうまい。
食べ終わる頃にはすっかり満席。
それにしても観光客のいない店だなあ。
ほとんど地元の働くひとびとだ。
こういうところにしれっと混じる東洋人のおじさんを
とても親切に迎えてくれてありがとう、マダム。
地下鉄4号線に乗ってモンパルナスの先へ。
いつものワイン屋と、その近くにある肉屋に行こう‥‥
と思っていたのだが、残念ながらどちらも休日。
これまた思いを残す結果に。
正月2日、多くの肉屋とシャルキュトリーが
閉店していたみたい。
いったん部屋に戻り、夕方の約束まですこし時間があるので
パッキングをはじめる。
今回はですね、持ってきたのですよ。
段ボールを! それも、ワイン用の。
(ワイン屋が送ってきたのを、つぶして持ってきた。
もちろんガムテも、プチプチシートも!)
瓶ものと大型書籍が多い今回、
なんとか制限重量内に収めたい。
そして瓶ものは割らずに持ち帰りたい。
おそらく過去最大の重量。
誰がわるい。おれだ。
夕方5時、リコちゃんと待ち合わせて、
ミレー・エ・ベルトーへ。
ここはマレにあるとても素敵なブティックで、
店主であるフランシスとパトリックは
リコちゃんを通じて以前からの知りあい。
洋服は女性ものだけなんだけれど、
雑貨と香水にとてもいいものがある。
新作の香水は、なにとも似ていない、
けれどもほんとうにいい香り。
こんなふうにオリジナルの香りがつくれるって、
ふたりは、天才的な調香師でもあるんだろうな。
ひとつ、買わせてもらう。
東京でつけるのがたのしみ。
そうすればいつでもパリの香りがするはずだ。
さて夕飯は、総菜を買って済ませたい。
ブルターニュ通りのシャルキュトリーはやっているはずだよと
フランソワに教えてもらい、
てくてく歩いて行くことに。
といってもそんなに遠いわけではなく、
1キロあるかないかというところ。
ここが教えてもらった店かどうかわからないのだが
露地の先にCaractère de Cochonという店をみつける。
なんというかけっこうディープな感じのお店ながら、
食いしん坊アンテナびんびん。オーラむんむん。
ここはやばい!
いくつか試食させてもらい、
「頭のテリーヌ」と、「ミラベル風味のハム」、
そして「オンドゥイエ」を購入。
「おまけだよ」とトリュフとパルメザン入りのサラミをひとつ、
おじさんがくれる。
な、なぜ‥‥? でもありがとう!
旅先でものをもらう癖(というかなんというか)、健在。
ぶらぶら歩いて帰る途中、
わが部屋のあるシャポン通りにさしかかると、
リコちゃんが「おっちゃーん!」と叫ぶ。
オチスさんだからおっちゃんなのだそうだ。
通りにあるLe Taxi Jauneというレストランの
オーナーシェフで、ぼくも以前行ったことがあり、
とてもおいしい料理をつくる人だ。
なかなかのやり手で、最近店の向かいにエピスリーをつくり、
いいワインを置いている‥‥ということだったんだけれど
今回は残念ながら休みだった。
「これがあたらしい店?」と訊くと、
「そうだよ。入りたい?」と言う。
入りたい入りたい!!
鍵をあけて入れてもらう。
中は広くはないが、選び抜いたという印象のワインがずらり。
20ユーロ台が多く、
なかには70ユーロなどという高級ワインも。
ヴァン・ジョーンもいくつかあるあたり、いいじゃないですか。
と生意気にも思う。
これからあそこの店で買ったハムやオンドゥイエで
ワインを飲みたいのだけれどおすすめを教えて! と訊き、
Domaine Olivier PithonのCôtes Catalanes
Cuvée Laïs Blanc 2012を購入。
ついでに日本に持って帰るものを選んでよとおねがいし、
なんだかんだ、こんな本数に‥‥。
袋ではなくプラスチックのケースで運ぶ。
いったい何をしているんだ、最終日に!
家で乾杯。
シャルキュトリーはいずれもおいしく、
加工肉文化の奥深さにしびれまくる。ああうまい。
どうしてこんなにおいしいの。
そしてこれはなかなかまねのできないおいしさなのだ。
さてこれからパッキング。
ワイン、うまくおさまるかなあ‥‥。