借りているアパートの寝室(個室ですよ)は
けっこうあたたかくて、
洗濯したパジャマも乾いていないし、
なにを着て眠ろうかと考えているうちに
ワインの酔いも手伝って
タオルを巻いただけで眠ってしまった。
映画ではこちらの人が裸で寝ていたりするのを、
あれじゃ風邪引いちゃうだろうと思っていたのだが、
じっさいにやってみると、朝までなんということもない。
寒くもなければ暑くもない。
もし東京でこんなことしたら、室温がどうの、ではなく、
湿度が瘴気みたいな感じで体にまとわりついて
絶対に風邪を引いてしまうと思うのだが。
6時半起床。うまく疲れが抜けた。
おとといつくった豚肩ロースのオーブン焼きを
ラップでくるんで冷蔵庫に入れておいたら
ちょっとハムみたいな感じになったので
薄切りにしてフライパンに入れ、目玉焼きで閉じた。
ハムエッグ、のようなものか。
近所のスーパーで買ったバゲットは
レンジでチンしてみたら歯が欠けるくらい硬くなってしまった。
それでもまあ食べる。見た目は悪くないが
料理をするものとしてはいまひとつ満足な出来ではない。
うまかったですけどね。
月曜日は美術館が休みのところが多いなか、
ルーヴルだけはやっているということで、出かけることに。
外は、きのうまで夏だったなんて誰も信じないくらいの
冷たい雨が降っている。
もう楽しいことなんて何もない、
と言わんばかりの容赦ない降り方だ。
ジャケットを着てストールを巻かないと寒い。
持ってきた傘は小さすぎるが、ないよりマシで、
肩をすぼめながら外に出る。
きょうからNAVIGOが使える。
とっくに料金はチャージしていたが、
一週間定期は月曜始まりなんである。
これがうまく作動しないことがあると聞いていたので
ドキドキしながら改札にかざしたら、開いた、開いた!
ああ、うれしい。
なんでもないことだが、うれしい。
コンコルド駅で乗り換えてルーヴルの駅へ。
いやしかし、甘かった。すでに入場1時間半待ち。
長蛇とはこのこと。
すぐに諦めて、そのへんの土産物屋を見る。
メトロ駅直結のこのビルにはけっこう楽しい店がある。
こども向けの化学&科学おもちゃの店とか、
なぜか箒とショッピングバッグばかり置いている店とか。
よくおば(あ)さんが持ってる
ガラガラ付きのショッピングバッグがやけにかっこいい。
迷彩柄で生地の内側に断熱シートが貼ってあるものがあり
わ‥‥これなら、ほしい。使える。
でもまあ、最終日まで考えることにする。
ルーヴルの隣の装飾博物館はやってるのかなと行ってみたが、
閉まっていた。残念。けっこう楽しいんですよ、ここ。
てくてくとリヴォリ通りのアーケードを西へ歩き、
だんだんと高級になっていく街並みを見る。
とはいってもなにしろ大雨である。
ちゃんとカメラを構えることもできない。
よって今回の写真はコンデジと、
たかしま先生によるiPhoneが多くなっております。
北へ折れてフォーブルサントノーレへ。
もうとにかくこの通りはブランドショップだらけ。
しかもパリ。本気度が違う。
買わない(買えない)までも
ウインドウをじっくり見ると楽しいのだけれど、
なにしろ大雨。
そのうち傘から雨漏りがしてきて、
履いていた革靴も雨が染みてきて、
心まで寒くなってきたが、
そうだそうだ、この先に、
わたくしのだいすきなあのショップがあるじゃないか。
せめて「詣で」ようじゃないか。
住所もろくにわからないのだが、
いちど行っただけの土地勘を便りに歩く。
そして、雨で歩道ばかり見ながら歩いているんだけれど、
それでも目に入る愉快なディスプレイ。
ランヴァンのこれは、しりあがり寿先生?
そうとしか思えない。
そして、あった、あった。
ここですここです。
いちおうここの服を着ているので、
パリとて引け目を感じる必要はない。
ずんずん入っていったら、
あらら、東京で予約しているコートが
もうあるじゃないですか。
ムッシュ、これ、東京より安いの高いの?
と、たいへんカラフルなチェックの半袖シャツと
赤のストライプのパンツを履いた
坊主頭でガタイのいいアニキな店員に訊く。
「東京の方が3〜4割安いよ」
そうですか。気持ちよく諦めることができました。
とはいうものの、
パリのスペシャルみたいな商品はあるのかな?
「そういうのはないな。
日本人はこちら製のシャツや
香水を買う人が多いけど。
日本にもあるんだけどね」
そりゃそうだね。
それにしても寒いね。ひどい雨だし。
ルーヴルから歩いてきて足もとが濡れちゃったよ。
「ルーヴルから歩いて?!
そりゃたいへんだったね。
ぼくらも、この雨は滅入るんだよ。
こういう雨は久しぶりなんだ。
ここから冬が始まる、そういう雨なんだ」
秋冬物が売れていいじゃないか。
「そりゃそうだけどね」
──わざわざパリでコム デ ギャルソンを見に行く必要が
あるのかどうかわからないけど、
こうして話をするとやっぱり楽しい。
東京でもパリでもコム デ ギャルソンの店員さんには
なにか一貫したキャラクターがあるように思う。
さて、どうしようかなあ。
だんだん腹が減ってきたので何か食べたいが、
このあたりは不案内。
オペラのほうに向かって歩き、
ちょっと庶民的というか、
銀座の裏道にもサラリーマン御用達の定食屋があるみたいに、
感じのいいビストロがあるエリアに出る。
直感でL'Aubergiste du Sud-Ouest(南西部の旅籠)と
看板にあるCHEZ PAPAという店に入る。
市内に何店舗もあるチェーン店らしい。
これまた店員さんたちがみんな親切で感じがいい。
やけに愛嬌がある。
メニューは、勘を頼りにではあるものの、
だいぶ読める(というか、推察できる)ようになってきた。
熟読して沈思黙考しないとわかんないけど、
なんとかフランス語と英語(どっちも適当)ちゃんぽんで
バスク風の肉と野菜の煮込み・パスタつき、
というのを頼んでみたら、
ラタトゥイユにひき肉を入れてフェットチーネと和えた、
みたいな感じの洗面器くらいあるどんぶりめし的料理が出てきた。
たかしまさんはPlat Du Jour(本日の定食)。
こちらは豚肩ロースの蜂蜜煮込み、リゾット添え。
ちょっともらったがたいへんおいしかった。
ぼくのほうも、量が多すぎることを除けばおいしい。
残せばいいんだろうが勿体なくて残せない。
そして赤ワインを1杯だけ。ああ温まる。
デザートはパスしてコーヒー。
サン・ラザール駅からメトロに乗り、
セーヴル・バビロン駅へ。
この駅に行くということは、そうですそうです、
Le Bon Marché Rive Gauche(ボンマルシェ百貨店)に行くのです。
デパート好きには聖地。
ぼくの狙いは本館3Fのキッチン用品売り場、
そして別館になっているLa Grande Epicerie
(グランデピスリー、食料品館)。
キッチン用品は、これまたありとあらゆる
著名なキッチン用品ブランドが揃っている。
フランスだけにMauviel 1983とかSTAUBとかの、
日本にはないサイズや色がわんさか。
しかしなにしろ重たく、日本より安いといっても高いので、
ためつすがめつ眺めるだけである。
ぼくはパリでしょっちゅうためつすがめつしているなあ。
改装された館内は、そのキッチン売り場の中に
料理書のコーナーがあったり、
シームレスに書斎系の家具のコーナーや、照明、
そしてかなりのインテリジェンスにあふれた
ブックストアもある。
そのあちこちに巨大なアートが並び、
美術館とデパートが融合したみたいになってる。
も、も、ものすごくたのしいじゃないか。
ワインの大型本を2冊買いました。
フランス語だけど‥‥。
そしてLa Grande Epicerie、こっちは絶賛改装中、
というより工事中。しかも雨漏りしてるし、
電気はついてないし。
この高級店がよくそれでオープンしましたね!
と驚くほどの暗さだったが、
こちらとしてはそれでも開いているほうがうれしい。
地下でワインを2本、
肉売り場でチキン1羽(オーブンあるんだもん)、
タラモを2種類(サマートリュフ入りも!)、
フィグのコンフィチュールとかオリーブオイルとか、
あと、フォアグラ。
ちょこちょこ買ったらあっという間に100ユーロ越え。
おそるべし。
でもまあ、レストランに行くことを考えたら安い安い。
荷物が重いのでいったん部屋に戻って、ふたたび外出。
野菜を買うのである。
隣駅にちょっといい八百屋があるので、そこまで歩いた。
そしてちょっといつもと違う道に出たら、‥‥迷った。
ウチは18区で、ラマルク・コーランクール駅というのが最寄り駅なのだが、
ちょっと歩くと隣のジュル・ジョフラン駅。
ここから東はあまり行かないほうがいいよと
忠告されていたのに、どういうわけかそっちにふらふらと。
たいへん気配のあやしい地域に出てしまった。
歩いている人の顔が明らかに違う。
空気もやけにひりひりとしている。
さっきまで高級な感じの住宅地だったのに、
通り一本でこうも違うとは!
まあこちらの持ち物は、野菜と果物。
襲われるこたぁないだろうが、
それでも気配のただならぬ感じはいやなもんである。
歩いて歩いていっこうに目的地に出ないので
こりゃ道間違ったなと、
(あとで調べたら、地図を見たときに、
完全に北と南を間違えていた。
西に行くべきところを東に行ってしまった!)
わりとちゃんとした格好をしているおじさんに
ラマルク・コーランクール駅の方向を訊ねる。
英語は通じなかったがとても親切に教えてくれて、
その通り進んでいくと、どんどん気配が明るくなっていった。
観光客なんて誰もいないような地域だけど、
それでもさっきのあたりよりはぜんぜんいい。
バス停のベンチでちゃんと地図を見て、
近くのメトロの駅を探したらアンヴェール駅。
これまた遠くまで歩いちゃいました。
結局メトロで帰ってきた。
さて、20時くらいに部屋に戻ったものの、
昼の炭水化物が消化し切れていない。
けれども旅の空ではちょっと厄介。
次が食べたいのにこれでは困る。
22時過ぎになってようやく
ちょっとワインでもという気分になり、
ズッキーニとトマトをソテー、
近所のスーパーの安い生ハム(バイヨンヌ産)、
近所のワイン屋さんの青かびチーズを盛り合わせ、
「それでいいんじゃないか」な夕食。
まずはきのうの残りの赤ワインを飲む。
一日経っちゃったけどおいしい。
(デキャンタに入れて封をして冷蔵庫に入れときました。)
そして、やはりそれだけでは物足りないので、
La Grande Epicerieで買ったうちの1本、
たかしまさんセレクションの
CHINONの赤。Les pensées de pallusというワイン。
CHINONはぜんぜん知らなかったんだけれど、
べんりなウィキペディアによれば、
「フランス中部のサントル地域圏の
アンドル=エ=ロワール県に位置するコミューンである。
かつての州トゥーレーヌを庭に見立て、
シノンは別名『フランス庭園の名花』
(La fleur du jardin de la France)と呼ばれる。」
とある。
飲んでみると、アニスのような芳香と、
なにかこう、日本にないような花や果実の香りが
ほんのわずか、鼻をくすぐる感じ。
酸味もほんのりあるけどツンとしてなくって、
とても飲みやすくおいしくて、個性的なワインでした。
けっこうたくさん喋って、
ほろ酔いで気分良く就寝。