その店は新宿にあって、
アップライト・ピアノがあって、アール・ヌーヴォーのランプが置かれ、
洋楽のかかる、大人っぽいバーだ。
最初は、友人が──いまはつきあいがない友人だけれど──
連れていってくれた。
そこで喰始さんに会い、
ぼくはWAHAHA本舗の仕事をすることになる。
当時勤めていた会社を辞める決意したのは
喰さんの「そうですか、忙しいから、面白そうだけど
ワハハの仕事はできないと言うんですね。
ということは武井くんという人は、
面白くないほうの人生を選ぶんですね」という言葉で、
それをぼくはその店のカウンターで聞いたのだった。
ぼくがポカスカジャンのライブを企画したのもその店。
そしてそれを観に来てくれた人たちと、
ぼくは、いまの仕事をしている。
しばらく足が遠のいていたのだけれど、
閉店することを知り、
最後の日になるという日曜の夜、
待ち合わせるともなく待ち合わせて、行ってきました。
閉店をおしむ人々でにぎわう店内で、
ポカスカジャンや喰さんと話す。
そして同じようにこの店が縁になった
Sさんたちもいらして、3時まで、
まるで明日も同じように営業しそうな雰囲気のなかで話す。
いかにも酒場の話題を話す。
思い出は、場所ではなく、ぼくの心に棲むわけだけど、
そしてそこで起きたことそのものに意味があると思うけれど、
……でも、もうちょっとボディに効くかんじで、
ぼくは、その店がなくなることをさびしく思っている。
こうして朝になっても、やっぱりしみじみそう思う。
「矢野顕子は生きているうちに聴きに来るように」
と、あっこちゃんは言う。
告別式にどれだけ人が訪れ悲しんでくれようとも、
生きているうちに聴いてもらうことのほうが、嬉しいと。
そういう意味で、なんだか告別式の客みたいだったぼくが、
さびしいなんて、じつに勝手な言い分だとは思うけれど。