サカキシンイチロウ氏と打ち合わせがあったので
「今日、××××’×で上海蟹を食べるのです」
と自慢してみた。××××’×とは
特に名を秘す中国料理の隠れた名店。
サカキ氏も知っているはずである。
つまり、とうぜん、「勝てるカード」を出した気分である。
手持ちは合計20。ブラックジャックが出ない限り勝てる。
「ああ、そう。あの店は、大京町にあったころ、
つまり先代のころは、もっとすごかったよね。
いまもすごくおいしいけれど。それは楽しみだね。
ところでボクの今日の夕飯はちょっと面白いよ」
‥‥どんなカードを出すつもりですか。
勝てないかも。上海蟹負けるかも。
何を食べるのですか。
「伝説の料理人というか、店を持たず、包丁一本で
渡り歩いている名料理人がいてね、
ある店を貸し切りにして、その料理人に、
羊をまるごと1頭あますことなく調理してもらう、
というイベントをやるんです」
‥‥出たブラックジャック! 21! 負けた!
なんとか種(サフォークだっけ?)という
小型の羊で、頭から内臓からいただくらしい。
ふうん‥‥
ま、ともかく、私は上海蟹です。年に一度の上海蟹。
マスコミにいっさい登場しないというその上海料理店は
昨年森川さんに教わった店で
10月から12月は上海蟹一色になる。
外観は安い喫茶店みたいな店なんだけど
8時に予約して行ったら、28席の店内は
われわれ4人の座る1テーブルを除いて満席、
しかももうみなさん上海蟹格闘中。静かったらない。
マダムはたぶん中国系のひとだと思う。
もうおばあさんの年齢にちがいないのだが
伸びた背筋にアップにした黒髪、チャイナ服がよく似合い
それはそれは美しい日本語を話す。
言葉遣いがきれいなうえ、
なにより子音のちょっと響く早口の声が
たいそう美しくて、ぼくはファンなのです。
席について、さんざんメニューをながめたけど
なかなか決まらない。
上海蟹はマストだけど、あとどうしよう。
ええい、いいや、頼みましょう。
「きょうは上海蟹を食べに来ました!」
「まあすばらしい。たくさん召し上がって。
きょうはいい蟹が入っていますわ」
(ほんとうにそういう喋り方なのです)
「じゃあ、上海蟹を1ぱいずつ、
上海蟹の炒飯を1皿、
上海蟹の芙蓉豆腐を1皿。
あとは前菜に皮蛋と辣白菜で
青島ビールをいただきます。
でもどうもそれじゃ足りませんよね。
たまごとトマトの炒めは絶対いただくとして‥‥」
「それでは、お肉は要りませんわね。
お野菜はいかが?」
ということでマダムのおすすめの
そら豆の炒め、春巻を追加。
「足りなかったら麺かスープをいただきますから」
ということで決定。
わあい。
ちなみに「たまごとトマトの炒め」は
「薫」という手法で、炎で釜のような状態をつくり
瞬時にして薫製のような香りを出す料理。
厨房からいちばん離れた席だったのに
その料理をつくっているときはすぐわかるくらい
強い火を使うのです。マスト。
辣白菜は漬物とも炒め物ともいえないような
酸味と辛味のある、いわばマリネされた拍子切りの白菜。
そら豆の炒め(すんません画像なし)は
姫たけのことネギといっしょに
パスタソースみたいにくたっとなるまで、たぶん上湯で
そら豆を炒め煮した料理。これめちゃくちゃ旨かった。
皮蛋も春巻も言うことなし。
黒米の紹興酒を追加。ひゃあ、これうますぎ!
年代物のバルサミコみたいな風味がする。
きゃあきゃあ言ってたら(ちなみに男性2、女性2でした)
お待ちかね上海蟹登場です。1人1ぱい。
マダムに切り方を教わり、ていうかほとんどやってもらって、
あとは格闘。
格闘。
格闘。
‥‥‥‥‥‥(無言)。
気がついたら蟹だけで1時間が経過していました。
みそもさることながら、白子の部分がすごかった。
唇がはりつきそうな濃度。
ねっとりとセクシーな味。恋のような味。まいった。まいりました。
続く上海蟹の芙蓉豆腐、上海蟹の炒飯、ともにぜいたくな味、
なぜならそれぞれ1ぱいぶんの上海蟹の身がはいってるから。
しかも見た目は黄金色。外苑のいちょう並木よりきれいです。
そうとうはらいっぱいになっていたのだけれど、
こうなったらさいごになにかスープで〆めたい。
ネギラーメン(これがまた、たいそう美しいんだけど、
デジカメのバッテリー切れで残念ながら画像なし)をシェア、
澄んだ上湯、沈む麺、浮かぶネギ(みたことないくらい細かい)。
うめえうめえ。案外入るもんですねえ。ほんとだねえ、
と言いつつ、デザートにマンゴーゼリーもたいらげ、
ただいま帰還いたしました。
手はすっかり蟹の匂い。
ああ、ことしの上海蟹が終わった。終わっちまった。
上海蟹デビュー2年目としては、
年に1度が妥当です。それ以上はいけません。体に毒ですな。