冬、プラハに古道具を買い付ける仕事で行ったとき、
昼食で寄った市中のレストランにある雑誌が置いてあった。
『AMBROSIA』、ギリシア語で「神々の食事」の意味だそうだ。
ニューヨークで出版されているらしいその料理雑誌は、
1号まるごと、地域を決めてそこのレストラン、
料理人、レシピを特集している。
ぼくの見たのはデンマーク特集号で、それが2号目。
創刊号はバハ(メキシコ)だったようだ。
そのとき調べたけれどどちらももう完売となっていて
Amazonの中古でも高値がついていた。
コレクティブルな雑誌なんでしょうね。
表紙は全面写真で、
それもとてもコンセプチュアルな印象だ。
AMBROSIAという誌名が型押しになっているのと、
うんと小さく最小限の情報のみが入っているだけで、
何も惹句はない。
B5よりは少し幅があり、
天地はやや短いサイズで、厚さは1センチほど。
PPをかけていないマットな質感の表紙に、
やはりマットな印象のすこし厚手の本文用紙、
オールカラーだが、写真のページとテキストのページは
はっきり別れていて、テキストはモノクロである。
写真は1ページないし2ページを使って全面裁ち落とし。
デザインは統一。
コンテンツが変わるからといって
デザインが変わるということはない。
逆に言うと区切りが曖昧だが、慣れればわかりやすい。
これは写真家にとっても、嬉しい仕事じゃないだろうか。
ひとつのテキストで複数の店を紹介しているときだけ
下にちいさく店名が入る。
基本的には店舗の情報が巻末にまとめられているが、
「何ページ参照」などという無粋な文字はない。
写真にも余計なキャプションなどはないのだが、
それはもちろん写真が雄弁だからである。
本文テキストは、エッセイ形式のものもあれば、
インタビュー形式のものもあるが、
ぼくは英語の細かなニュアンスを理解しないけれど、
評判を読む限り、とても端正でまともな文章のようだ。
1ページ3段組で、左にタイトルないしリード、
2〜3段目が本文という構成はかわらない。
フォントもポイント数も統一されていて、
過度に大きな文字もなければ装飾的なこともない。
タイトルと、執筆者名
(外国の雑誌ではContributerと言いますね)が
まったく同じフォントで同じ大きさなのは、
書き手と編集部のフラットな関係と、敬意を感じる。
さらに、無理に「きっちり納める」ことをしていない。
文章が1段で終われば、右端は空欄になっている。
これはぼくも『LIFE』という本でやりましたが、
けっこう勇気が要ることだったりします、編集者には。
でも無理やり書いても仕方がない。
写真家はコンテンツによって異なるが、
料理写真の基本姿勢は「俯瞰」だ。
かりっかりに絞り込んでいるわけではないが、
きちんと写真を読み解き、被写体をじっくり眺めさせるのに
じゅうぶんな力をもった写真が使われている。
開放系の甘い写真は、「あえて」の表現以外は、ない。
ところどころに「表現」に近い写真があるが、
それが悪目立ちすることもなく、うまく溶け込んでいる。
料理人たちの人物写真も、じつにフラット。
過度なポーズはとらせていないし、異様な笑顔もない。
色はこっくりとしていて、コントラストが強め。
ちょっとニューカラーというか、
コダクロームな印象だけれど、
じっさいはデジタルでやっていると思う。
地域が特集されているのでたまに風景写真も入る。
長々書きましたが、つまりこれは
ぼくがたいへん好みとするところなのです。
日本の雑誌がほんとうにぐっちゃぐちゃなのに
つねづね不満を持っているのだが、
いくらマネしてもここまで潔くはできないだろう。
そもそも広告が入っていないし、
もちろんタイアップ記事もない。
いろいろ調べてみたら、同じ出版社、同じチーム
(ちなみに、編集長・クリエイティブ・ディレクター、
エグゼクティブ・エディター、コピー・エディターの4人)
で、『DRIFT』という雑誌もつくっている。
「ドリフトは、コーヒー、そしてそれを飲む人々、
さらに彼らの住む都市に関する雑誌です」だそうだ。
旅の雑誌かと思ったら買ったら違った。
こちらはAMBROSIAより一回り大きく、
日本の月刊誌並のサイズで、
そのぶん、デザインに自由度を与えている。
‥‥といっても、白枠の写真があるとか、
上段が写真で下段がテキストというページがあるとか、
1折だけ本文用紙を変えるというもので、
つまりはかなりクール。
現在出ている5号のMelbourne特集の前に、
創刊号がNew York、2号がTokyo、
3号がHavana、4号がStockholmを特集している。
Tokyo号を入手しようと思ったら中古市場で30万円って。
そんなにコーヒーカルチャーに興味はないのだけれど、
どんなふうにぼくの住む街が特集されているのか知りたかったな。
何が言いたかったのかというと
このくらいまですみずみまで
編集とデザインの意図のはっきりした雑誌は
つくっていて楽しいだろうなあと思う、ということでした。
1号つくるのに相当長く滞在しないとできないよね。
それもまた、いいなあ。
▶AMBROSIA
▶DRIFT