朝食はスパゲッティとリゾット。
ダブル炭水化物。
なぜかというと、
腹が減って早起きしてつくったのがスパゲッティ。
そのあと10時過ぎに友人が起きてきたので
再度つくったのがリゾットだったのでした。
つい食べちゃった。
そしてつくっておいたブロース、
使い切ってしまったのでまた仕込む。
こんどは鶏を焼いてからにしてみました。
きょうはクリスマス・イブ(Noche Buena)、
おそらく商店は早じまいだろうからと、
昼前にスーパーマーケットに出かける。
遅くまでやっているのなら
散歩の帰りに買うつもりだったけど、
14時までだとわかり、先に買い物。
炭酸水や牛乳、生ハムにチーズ、果物に野菜、
バスク産のビール、それからステーキ肉とハマグリ。
ごちそうごちそう。
魚介類は肉に比べて高価ですね。
リュックに入れて食材を持ち帰り、
冷蔵庫に仕舞ってからもいちど散歩に出ました。
アパートのある旧市街は
川と湾と海に囲まれるような半島の先端。
https://drive.google.com/open?id=1mwOJMV55z77lU5IJCUrmZsWOMyQ&usp=sharing
西へ行けばラ・コンチャ湾、その北はビスケー湾、
東へ行けばウルメア川とその河口があるという、
水に囲まれた場所です。
ちょっと歩けば水があるんだな。
その中にはバルがたくさんあって、
人々は道まで広がっておしゃべりしながら
ワインやチャコリやビールを飲んでいる。
目的は飲むことよりも集うことみたい。
座っている人もいるけどほとんど立ち飲みだ。
それにしても水に囲まれて水を飲むっていいな。
この街に魅かれるのはぼくが魚座のせいかもね。
クリスマスイブ。
バスクでは「オレンツェロ」という催しがある。
オレンツェロ(Olentzero)は、
ざっくり言うとバスクのサンタさん。
イラスト化されるときは、おじいさんじゃなくて、
おっさんぽく描かれるみたい。
ベレー帽をかぶり、ゆたかな茶色い髭を蓄え、
パイプをくわえている太ったおじさんである。
食いしん坊で頭はやや硬い。
山奥に独りで暮らし、
木炭をつくり町で売ることをなりわいとしているらしい。
すがたは、シャツにバスクのチェックの青いスカーフ、
ズボンのすそをウールのハイソックスに入れて、
革ひも靴のひもでそれを縛っている。
典型的なバスクの農夫のスタイルです。
杖(カンテラのついていることも)を持ち、
そして大きな包みを肩にかけている。
そこに子供たちへのプレゼントが入っているんですね、きっと。
プレゼント、栗らしいんだけど。
このオレンツェロといっしょに
こどもたちにプレゼントを配る女性がいて、
それはマリ・ドミンジ(Mari Domingi)というおばちゃん。
濃い青色のワンピースに、
スカーフというかターバンのような白い布を
えびのしっぽみたいに頭にまき、
それを胸元でクロスさせて、
前を垂らしてエプロン状にしている。
カゴを腕に、手は前で組んでいるのが基本ポーズ。
靴や靴下はオレンツェロと同じ。
って、すごくわかりにくいですね。
画像検索をしてみてね。
オレンツェロとマリ・ドミンギは夫婦なのかというと、
「一緒に登場する」ものの、由来がよくわからない。
ぼくの調査力と語学力ではいまのところ不明。
いまどきで言うパートナーシップなんだろうか、
それともなにか強い友情関係なんだろうか。
知っている人いたら教えてください。
ふたりは教会から、まるで餅をまくように
プレゼントをまいてくれるらしい。
そのプレゼントは栗だったりするらしいんだけど、
いいですよね、そういうのって。
そしてクリスマスイブには
21日の聖トマスの日と同じように、
むかしの農民の衣装を身に着けたひとびとが街に出る。
彼らは聖歌隊で、あちこちで賛美歌を歌い、
寄付をつのるのです。
目的はそういうボランティア的なことなのだけれど、
見て(聴いて)いると、そもそも、
みんな歌が大好きなんだなあと思う。
ギターアンプを持って歌いながら通る若いグループあり、
広場の階段で歌う子供たちあり、
ママさんコーラス的な女性チームあり、
物乞いの青年の前で歌うペアあり。
街中に歌声があふれていて、
故郷の商店街のスピーカーから流れていた
クリスマスソングなんてのとは、
まるで比べ物にならない。
厳かさと、ゆたかさがある。
物質的なゆたかさではなくって、
彼らの歌声から伝わってくるのは
今年も無事に終わることへの感謝や
生き延びたことの安堵、
ともに生きるよろこび、
生きていこうという強い願い、
もしかしたらなくしたものやひとを送る気持ち、
そんなしぜんな気持ちが込められているようで、
それが、歌声の力になっているように思う。
旅に出ると、例によって、
もう会えないともだちのことをよく考えるのだが、
この歌声が、届くといいなあと思う。
海に出る。
けっこう波が高くて、遠くに見える砂浜には
サーファーがいっぱい。
河口側は、満潮なのか、海から川を遡る波。
けっこう荒い。
堤防を海鳥がひとりぼっちで散歩している。
堤防への波を緩和するのは、
テトラポットならぬ、切り出した巨岩。
どうやってこんなでかいものを切って運んできたんだろう?
部屋に戻って昼食がわりにビール、カヴァ、
ポテトチップス(同行者がマニア)と生ハム、チーズ。
こんな日は昼から呑んでもいいよね。
しばらくのんびりして、夕刻になったので、
夜の散歩に出ることにする。
ヨーロッパの街灯の黄色い灯が好きなので、
それに照らされた風景が見たくって。
大聖堂が開いていたので入る。
あすはきっとミサで満杯になるんだろうけれど、
この夜はとても静か。
ぶらぶらしていたら、商店街を通行止めにして、
ロープを張っている一角を発見。
こどもたちがきらっきらした目で何かを待っている。
パレードかな?
どんなのがくるんだろうと思って
一緒に待ってみることにする。
するとやってきたのは、先頭が、腰に巨大なベルを
2つつけて踊るひとびと。
あたまには、とんがった、カラフルな飾り。
けっこうハードなダンスらしく、
踊る青年男女は、ちょっと、つらそう。無表情。
ちょっと‥‥なんていうか「なまはげ」感がありますね。
そして、それに続く、むかしの農民のスタイルで
若い男女たちがやってくる。
さらに、おどろいたんですけど、羊が。
ほんものの羊がね、ぞろぞろとやってきたのです。
羊が通りすぎると、うんちを処理するおじさんがやってきて
おとしものを拾っていく。
そういうパレードでした。
(動画をどうぞ。2分ちょっとありますが。)
しかし印象的だったのは、
この街のこの日、みんながとても楽しそうだったということだ。
子供たちなんてもうはしゃいじゃって。
遊び道具だって、すべり台やブランコで全力で遊んでるし、
ぜんぜんエレクトリカルじゃないパレードも楽しんでるし、
大人だって、そぞろ歩くだけでじゅうぶん楽しそう。
そして、ひとが倖せでいることって、もしかしたら、
そんなに難しくないんじゃないか、と思えるのだ。
欲望にまみれ、いつ倖せになれるんだろうと、
ほんとうの倖せというのがいったい何なのかわからないままに、
半ばあきらめているようなじぶんの人生とくらべて、
ふと、そう思うのだ。
アパートにもどって夕食。
買っておいた高級品のアサリ
(1キロ60ユーロちかい!)を砂抜きしてあったので
それでスパゲッティ・ボンゴレをつくる。
お酒は残ったカヴァ、
最後にちらしたかったネギは、
セロリの葉っぱを刻んで代用。
スープは、ひいておいた鶏だしのブロースに
トマト、きのこを入れて塩こしょうで仕上げました。
いずれも自分的には満点。じゅうぶんな倖せ。