1年ぶりに旅に出ています。
今回の滞在はバスク地方。
北スペインから南西フランスの大西洋ビスケー湾に面して
広がる地域で、スペイン側は「バスク自治州」
(アラバ県、ビスカヤ県、ギプスコア県)とナバラ州の4地域、
フランス側は湾岸地域と山岳地域にまたがって
ラブール、バス=ナヴァール、スールという3領域。
この7つの地域を総称して「バスク地方」と言うそうです。
バスクにはバスク語があって、バスク人がいます。
ウィキペディアによると「バスク語は現存するどの言語とも
系統関係が立証されていない孤立した言語」そして
「伝統的にバスク地方として知られる地域に
元来居住している系統不明の民族」とあり、
しかも血液にRh-が多かったりして、
そんな伝来ゆえ「政治的独立」に向かっていた時期もあって、
1959年から続いたバスク紛争は武装紛争であり、
それを主に率いた「バスク祖国と自由(ETA)」は
バスクの民族主義に反対する政治家や権力者、
ジャーナリストを標的に襲撃を繰り返し、
800人ほどを殺害しています。
暗殺や爆弾テロは、バスクに対する弾圧の強かった
フランコ政権が終わってもなお続き、
近年、主に国外で続いていたテロが収束
(ETAが武装闘争の終結を宣言)したのは
2010年9月という、つい最近のことでした。
なんていう背景を書くと、どんなにきな臭い地域なんだ、
と思われそうですけれど、いまのバスクは大観光地。
経済はひじょうによく、治安も安定しています。
ぼくは2012年の年末にビルバオ
(スペイン側バスクの大都市)でアパートホテルを借りて
しばらく自炊をしてみたんだけれど、
食材はいいし街は安心だし、
鉄工が廃れたあとにグッゲンハイムを呼んで美術館をつくり
アートを経済の起爆剤にしたことが大成功、
滞在はとても楽しいものでした。
そのとき日帰りで遊びに行った
「ドノスティア/サンセバスティアン」
(バスク語とスペイン語でそう併記される。
でもややこしいので以下サンセバスティアンで)は、
海辺のリゾートという表面的な部分をなぞっただけ。
しかも冬だったので本領を発揮していない観光地に見え、
「ここは江ノ島とか熱海みたいな?」という印象のまま
帰ってしまったのがとても残念でした。
もどもと独自の文化のあるバスク。
ベレー帽の発祥はここだし、
バスクにしかない力比べのスポーツである、
巨石を持ち上げる「エリ・キロラック(Herri Kirolak)」
なんていうのもある。
海も山もあって気候も穏やかだから食文化もよく、
なかでもサンセバスティアンは「美食の街」として名を挙げ、
ミシュランの3つ星を獲ったスペインのレストラン
7店のうちの3店がこの街にあるのです。
それだけでなく、「美食」(調理)は
地域の経済発展の基盤として政策的に考えられており、
美食と調理を教える研究機関
「Basque Culinary Center,
FACULTY OF GASTRONOMIC SCIENCES
(バスク料理センター、食科学大学)」もある!
ビルバオは芸術で、サンセバスティアンは料理で
地域を本気で活性化させようと試み、そして成功している。
そんなことを知るにつけ、
「ああ、半日の滞在では何もわからなかった」
と思ったものだから、ちょっと長めに滞在してみようと
思ったのでした。
しかし日本からわりと遠いのがバスク地方でもあって、
まず羽田からパリへ飛び、パリからフランス側バスクの玄関口、
ビアリッツへLCCで。
ここから陸路(バス)でサンセバスティアンに行くのですが
朝羽田を出たものの同日の乗り継ぎでビアリッツ着はもう暗くなってから。
ここで一泊しました。
空路以外は交通を手配していなかったので
ホテルのWi-Fi(のろい)でバス便を調べて予約、
翌日昼のスペインのバス会社運行の長距離バスで
明日、移動をすることにします。
これはホテルの近くのビストロで飲んだビオのシードル。
陶器のカップで出てきました。
ほどよく酔って就寝です。