なぜパリに寄ったかというと
この展覧会が観たかったからです。
Splendeurs et misères.
Images de la prostitution, 1850-1910
(華麗と悲惨。
売春のイメージ、1850-1910)
場所はオルセー美術館。
こないだは男性の裸体美の展覧会
Masculin / Masculin.
L'homme nu dans l'art de 1800 à nos jours.
をやっていて度肝を抜かれたけど
(これなんて訳せばいいんだろう? スラッシュはandとかor?
オスと雄? 男や漢? とか?)
今回はそれを上回る驚愕。
印象派〜後期印象派がOrsayの目玉なんだけれど、
たとえばマネの「オランピア」はここにある。
"Edouard Manet - Olympia - Google Art Project" by Édouard Manet - ywFEI4rxgCSO1Q at Google Cultural Institute, zoom level maximum. Licensed under Public Domain via Commons.
ティッチアーノの「ウルビノのヴィナス」のポーズで
横たわる娼婦を描いたもので、
当時たいへんな物議を醸したものだという。
"Tiziano - Venere di Urbino - Google Art Project" by Titian - bQGS8pnP5vr2Jg at Google Cultural Institute, zoom level maximum. Licensed under Public Domain via Commons.
なぜならば、女性の裸体というのは神話だったり
歴史を描くときにのみ許されるもので
しかもそういうときの裸体の描き方は現実的ではない。
けれども「オランピア」はひじょうに生々しく、
どこをどう見ても娼婦なわけで、
劣情を催すほどの「お下劣さ」だったのです。
いま見るとすごく奇麗なんだけどね。
日本語版ウィキペディアによれば「下品なメスゴリラ」って
言われたそうだけど、英語版にその記述はないので
出典はよくわかりません。
それにしても下品なメスゴリラって!
嫌いじゃないけどな、ゴリラ。
かわいいじゃん、ゴリラ。
さてオランピアの影響はいろいろとすさまじくって、
セザンヌは第一回の印象派展に「現代のオランピア」という作品を出展していたりもする。
"Paul Cezanne A Modern Olympia painting" by Paul Cezanne - http://www.allartpainting.com/a-modern-olympia-p-1671.html. Licensed under Public Domain via Commons.
娼婦を描く、といえば、
NYのMoMAにあるピカソの
「アビニヨンの娘たち」があるけれど、
娼婦をテーマにしたというよりも
キュビズムの嚆矢だとか
アフリカ芸術の影響、という点ばかりが取り上げられる。
"Les Demoiselles d'Avignon" by Pablo Picasso - Museum of Modern Art, New York. Licensed under PD-US via Wikipedia.
ロートレックにいたっては、パリの夜を多く描き、
それ自体が有名になっているが、
彼の場合、その生涯そのものが話題になり、
「病気のためからだがひじょうに小さかったことで
夜の世界の女達に共感した」などと
わりとざっくりまとめられることが多い。
うーむ、そういうことなのかなぁ? というのは
ロートレックの、とくに油彩を見ては
いつも疑問に思う部分だった。
享楽の場でどうして女達はこうも無表情なのか。
"Henri de Toulouse-Lautrec - At the Moulin Rouge - Google Art Project" by Henri de Toulouse-Lautrec - pAGg8GwiHleSkA at Google Cultural Institute, zoom level maximum. Licensed under Public Domain via Commons.
それからオルセーといえばドガ。
ドガといえば踊り子、バレエですが、
ぼくは「ああこの人はほんとうに少女が好きなんだなあ」と
そんな目で見ていた。
"Edgar Germain Hilaire Degas 069" by Edgar Degas - The Yorck Project: 10.000 Meisterwerke der Malerei. DVD-ROM, 2002. ISBN 3936122202. Distributed by DIRECTMEDIA Publishing GmbH.. Licensed under Public Domain via Commons.
ここまでがぼくが美術史でざっくり知っていたこと。
でもオルセーのこの展覧会を観ると、それがひっくりかえる。
ドガの視線の先に何があったのか、
ロートレックの闇になにが潜むのか。
展覧会にとても多く登場する画家は、
このドガやロートレックのほかに、
ジャン・ベロー(Jean Béraud)がいる。
ううむ、ノーマークの画家でした。
ウィキのようには絵が引用できないんだけれど、
今回カルナヴァレからオルセーに貸し出された
この絵が象徴的だった。
Les Coulisses de l'Opera
(オペラ座の舞台裏)
ガルニエでの公演のあとの舞台袖。
若い踊り子たちが駆け寄っているのは
なかなかの壮年の紳士たち。
基本的に紳士と踊り子は一対一のなか
中央には紳士を挟んでいがみあう二人の踊り子。
紳士の左手は右の踊り子の腰にあって
その目は彼女を見つめている。
もうひとりの踊り子はその彼女に勝負を挑むような姿。
展覧会によれば、当時の売春婦は、
プロフェッショル(公認)のものたちのほかに、
洗濯女や花売り、手仕事を主にしている低賃金の子たちが、
生活のために身体を売ることがあった。
若い踊り子も例外ではなく、ガルニエの専属であっても、
そうとう給金は安かったらしい。
だから──そこに「社交」が生まれた。
舞台裏に出入りできるのは、一部の富裕層の紳士のみ。
彼らはつまり「パパ」の役を買って出ているのである。
踊り子たちは、自分たちの魅力を舞台でせいいっぱい表現したのち、
舞台裏ではまた別の魅力で客を虜にしなければならない。
街にもそういう女達はあふれた。
公認の娼婦は娼館に所属し、
性病予防のための医療も受けることができたが、
そうではない者たちは街に立った。
文字通り街に立つものもいたが、
多くはカフェで男を物色した。
娼婦は一般の女性と見分けがつきにくいが、
ほんのすこし裾をあげてブーツのくるぶしを見せたり、
ふわりと色目をつかうことで、それとしらしめた。
貴婦人のように装いながら、彼女たちの目は虚ろだ。
その目は娼館で客を待つ女達と、変わらない。
いや、むしろ、娼館の女達の方が、
覚悟が決まっているからなのか
諦念を超えた明るさを感じてしまう。
"Henri de Toulouse-Lautrec 012" by Henri de Toulouse-Lautrec - The Yorck Project: 10.000 Meisterwerke der Malerei. DVD-ROM, 2002. ISBN 3936122202. Distributed by DIRECTMEDIA Publishing GmbH.. Licensed under Public Domain via Commons.
当時の画家たちが、この風俗を、いわば文化を、
とことん描きたくなったのは不思議なことではなかった。
カフェにたむろする女達、
洗濯ものをもったまま公園のベンチに座る洗濯女、
ムーラン・ルージュやフォーリー・ベルジェールの女達、
事のあとのつかの間の睡眠、
陰部を洗う女。
"Edgar Degas - In a Café - Google Art Project 2" by Edgar Degas - Google Art Project: Home - pic Maximum resolution.. Licensed under Public Domain via Commons.
"Henri de Toulouse-Lautrec 017" by Henri de Toulouse-Lautrec - The Yorck Project: 10.000 Meisterwerke der Malerei. DVD-ROM, 2002. ISBN 3936122202. Distributed by DIRECTMEDIA Publishing GmbH.. Licensed under Public Domain via Commons.
"Brooklyn Museum - Woman at the Tub from the Portfolio Elles (Femme au Tub ) - Henri de Toulouse-Lautrec" by Henri de Toulouse-Lautrec - Online Collection of Brooklyn Museum; Photo: Brooklyn Museum, 53.8.3_SL1.jpg. Licensed under Public Domain via Commons.
"Lautrec in bed 1893" by Henri de Toulouse-Lautrec - Unknown. Licensed under Public Domain via Commons.
展覧会はこうした「売春を軸にした近代美術史」とともに、
その風俗・文化を博物学的にも伝える。
娼館のネームカード(医療ふうになってる)や名簿、
性病の記録、
娼館で使われていたらしいふしぎなかたちの寝椅子
(えーっと、なんというか、それ専用なのです)、
エロティックなステレオ写真やムービー
(この展示室は18歳以下入室禁止でした)、
避妊具やSM的な道具などなど。
「寝乱れたベッド」もあったりして、なにがなんだか。
まったくもって『鼻下長紳士回顧録』の世界でしたが、
いや、あんなもんじゃ、なかったです。
想像よりもっと上を行っていた。
そうそう、ピカソの作品も多く、
「アビニヨンの娘たち」のアイデアスケッチもありました。
この軸、この軸。
キュビズムなんか正直どうでもよくなってくる。
当時の画家たちにとって、売春をめぐる風俗は、
「描きたくてたまらない世界」だったのだということが
よくわかりましたよ。
画家の目は本当に怖い。
なかには行為の最中の絵まであった。
そこまで見ていたのか、ということに、
かなり、ぞっとしたのでした。
近代美術史はめざましく移り変わった
絵画技法の挑戦の歴史でもあり、
教科書にはそのことばかりが書かれている。
今回の展覧会は、彼らがその技術をもって
「いったい、何を見ていたのか」を
攻めのキュレーションによって見せていく。
まいりました。
さてオルセーは広く常設展も豊富なんだけれど、
この展覧会で心も脚も腰もくたくたに。
カフェでオレンジジュースとコーヒーと
パン・オ・レザンをかっこんで
ちょっと元気を補填したものの、
まるで娼館帰りの紳士のようになっており、
ほかの名作たちを相手にする元気はなく、
とっとと帰ることに。
行きはチュルイリーから行ったのだけれど
帰りはコンコルドで観覧車の横を抜けて地下鉄に。
下車駅はレ・サブロンです。
部屋でビールとクレモン(泡)をあけて
生ハム、チーズ、ハラミのステーキなどで、
ひじょうに中途半端な時間の夕食に。
おいしかったけど、ハラミ(バベット)。
あ、写真撮ってなかった。
↓これは朝飯。茸のオムレツ、サラダ、ハム、バゲット。
おおっと、あけましておめでとうございます。
つたないブログですが本年もどうぞ読んでやってください。