なにがつらいって、熱帯のリゾートで腹を壊し、
その胃腸を回復に向かわせる段階を
自分でコントロールできないことである。
もちろん薬を飲むか、おとなしく寝ているか、
食べるものを調整するしかないわけだけど、
ふだんの旅だったら、じぶんでゴハンをつくるわけなので、
「きょうは油はこのくらいにして、炭水化物はこうして、
たんぱく質はこうして、野菜はこんなふうに‥‥」と
完全に(たとえ間違ってるにしても)コントロールできるのだ。
というか、調理のことを考えているだけで元気が出る。
「こんなスープが飲みたい」となれば、
材料をそろえて、つくればいいわけだ。
まあ、和の食材をカラダが渇望したら高くつきますが。外国では。
でも湯を沸かして好きなお茶を飲むだけでもいい。
調理のことなんてなにも考えられないまでになったらあぶないんだけど。
しかーし。ここはリゾート。
日常から解放されたくて、みんな来ているわけなので、
じぶんで料理ができる設備など、あるわけがない。
お湯だってポットに入れて運んできてもらう方式だ。
あたりまえなのだ。
レストランでは地元の料理の最高峰と、
西洋人のシェフがタッグを組んで
これでもかという美食を提供するのがここのスタイル。
部屋にキッチンなど要らないのだ。湯沸かしですら。
そんなものがあったら「せっかく旅に来たのに!」と、
日々の料理を苦痛に思っているひとたちは憤慨するだろう。
しかし、ぼくのように料理が趣味、
食べるのもつくるのも大好き、
もちろんレストランにも行くけれど、
旅先でも調理がしたくてウズウズ、
そのイニシアチブは自分がもっている、
という状況が望ましい旅人は、
こういう状況が苦手なんだと思う。
もちろん快適だ。
すぐそこに渓谷に流れ落ちるようなプールがあり、
熱帯の樹木を通り抜けた風は
湿気を含みながらも涼しく、
地を這う虫や空を飛ぶ虫たちにすら愛情を感じる。
レストランの料理は、主張しすぎないけれど
ほんとうにちょうどいい具合のおいしさで、
何度食べても飽きない味を目指している。
そんな場所で、日差しをあびてのんびりするというのは
至福以外のなにものでもない──はずなのだ。
が。料理ができないのだ。
好きなものが食えないのだ。
この宿でキッチンを借りればいいんだろうか。
いや、それはあまりにもイレギュラーにすぎる。
じゃあキッチン付きのヴィラとかあるのかなあ。
あることはあっても、たぶん、
専属調理人を雇って使うようなタイプだろうなあ。
ぼくが初めて海外旅行のガイドブックの取材をしたのは
「フロリダ」と「カリブ海(の島々)」なのだけれど、
カリブのほうは、もうまったくその世界で、
ヴィラに専属の「めしつかい」がいるようなところだった。
ぼくの泊まったところには庭掃除の人、
部屋のメインテナンスの人、
そして調理人とバトラーがいた。バトラーって。
アジア人の20代の男子にはわけのわからない世界だ。
いや、アジア人でも最近の中国の富裕層のみなさんとかには、
わかるんだろうか。どうなんだろう。
観察していると、カリブでは、
白人のおかねもちのひとびとは
彼らとの関係性に長けていた。
「そこにいない」ものとして扱うことができるのだ。
って、ちょっともってまわった言い方をしたけれど、
それは「このひとたち、あの時代からずっと、
この主従関係は変わっていないと思ってるんじゃない?」
と思うほどであった。
あの時代というのは16世紀以後の植民地時代ですね。
主従関係というのは、当時で言えば奴隷制度です。
そしてアジア人の20代のわかものであったぼくは、
そんなことを肌感覚として理解なんてできるはずがない。
どっちかっていうとシンパシーは、使用人の側にある。
スタッフのみんなと仲よくなりたいって思っちゃうものね。
その点、アジアのリゾートがいいのは、
「おたがいのフレンドリーさ」が共通の通貨になるというか、
もちろんこちらが支払いをしているんだけれど、
関係性に互いへの尊敬がある。
にこにこきびきび働くすがたをみていると
「ありがとう!!」って気持ちになるもの。
話がそれちゃった。話題は調理でした。
かくしてぼくはバッフェでなんとかして
好みの味をつくろうと苦戦することになる。
ちなみにここのところの腹の状況を考えると
「やさしいスープと、ねばり気のあるごはん」がほしかったが、
なかなか望むものはない。
でも(パラパラしてはいるものの)白いごはんならある。
きのうはそのごはんに、
納豆的な発酵食品を使ったものを混ぜてみたり、
辛いイカの炒め物を混ぜてみたりして、
ほんのすこしの欲望を満たしました。
けれどもほんとうの「調理欲」は満たされない。
つまりは食欲も満たされない。
あらゆる欲望がそうであるように、半端はツライ。
「仮眠」だけで生きるのはツライし、
「やらせてくんない」みたいに悶々するのも
ストレスが溜まるだけなわけで
(まあそれが快楽になっちゃう人もいますけどね)、
ぼくの「調理欲」もまた同じように
激しい噴出の行き先を失ったままなのだ。
そんな話を同僚にしていたら、
「武井さん、それ、『団体旅行』全般に言えるんじゃ?
じぶんでイニシアチブがとれない旅というものに、
ストレスを感じているんじゃないですか」と。
なるほど! そうかもしれない。
だからぼくはこのごろずっと「チョイ住み」をしているんだろうな。
それに、これは旅じゃなくて旅行。
そもそも団体旅行って、団体であることに意義がある。
めったにしない旅だけれど、
それはそれで楽しいものだと、
あたまでは理解しております(でもカラダは正直?)。
そうそう、今回のいいことは、腹を壊したものだから、
あまり食べられずに、痩せたこと。
おなか引っ込みました。デトックス&ダイエット。
ところで今回の画像はiPhone6で撮ったもの。
こんなにきれいに撮れちゃうんですね。
(持ってきたカメラはフィルムです。)