金曜日。サンマロの宿で目が覚める。
ゆうべは楽しかったなあ。
たくさん飲んでたくさん喋った。
そして、美味しかった。
食べたもののことはよく覚えているけれど、
話したことはなんだか霧の向こうみたいだ。
英語と日本語と、彼らのフランス語が混じって、
なんだか夢の中で話をしていたような気がする。
先々は鸚鵡と猫2匹とイングリッシュ・セッターを飼い、
もしかしたら南仏に移り住むかもとHさんは言っていた。
ピンク・レディーのダンスの二次元性は
日本の文化そのものであるというようなことも話した。
パリに20年暮らした目からは、
住むならどこが好きですかと訊くと、2区だという。
クリスマスの前のパリの
「とある場所」はほんとうに美しいんです、と。
閉まっていることになっているけれど、
じつは開いている、その門。
中では照明があちこちに灯され、
歩道にレッドカーペットがぐるり巡らされている。
そこが開いていることは、地元の人だけが知っていて、
冬の空気に光がにじんで、
いつまでもそこにいたくなるような美しさのなか、
静かに散歩をするのが、観光客の去った夜半の、
住人たちのひそかな愉しみ。
犬が生きていた頃、そのレッドカーペットを
うれしそうに散歩したことがよい思い出だと
Hさんは遠くを見た。
といってもパリは狭いから、
2区がいいと言っても、歩けばすぐ隣の区。
それでも、真夏、2区あたりの女性たちの
過剰なまでの薄着は、10区の東あたりではもう
見られなくなるのだそうだ。
ちょっとあぶないから。
このカタツムリ型の20区のなかは、
通りを渡るごとにめまぐるしく変化していくみたい。
中国人も増えましたね。
そうそう、ボン・マルシェのルイ・ヴィトンは、
フランス人の上流階級が顧客リストに名を連ねているんです。
なぜならパリの本店はもはや中国人富裕層のための店でしかなく、
そんな店にはフランス人は誰も行きたがらないから。
鸚鵡と猫とイングリッシュ・セッター。
大量の日本のファッションのアーカイブ。
骨董だらけの部屋。
ピンク・レディー。パリのクリスマス。
ルイ・ヴィトンと上流階級。
脈絡のない話は、酔っ払いの特権。
だれも欲しがらない、
他人に価値のない思い出が、
じつは旅の収穫だったりする。
さて、朝食はホテルのカフェ。
自分でつくらない朝食は久しぶり。
クロワッサンに、ひらたい皿のような硬いパン、ジャム、
カフェオレ、ヨーグルト、ネクタリン、
オレンジジュース。あまーい。
しょうじきしょっぱいものが欲しい。
シャワーを浴びて支度をして、
11時に出発。ホテルの前の土産物屋で
ブルターニュ名物塩キャラメル1キロ入り大袋を買う。
ジャンポール氏とHさんが見送りに来てくれて嬉しい。
駅まで送ってもらい、さようなら。
また会いましょう。こんどは東京で。
さて、11時40分発のモンパルナス往きTGV、
とうぜん車内販売があるのかと思ったら、ない。
そういえば、ほかの乗客はかんたんなお弁当ぽいもの
(サンドイッチとかですが)を持ってきている。
しまった。昼、食いそびれ!
到着は15時すぎ。
そして今晩は、セジュール・ア・パリで
イラストを担当なさっている日本人女性、クノさんと
早めにごはんの約束をしているので、
15時すぎに食べちゃうと夜が悲しい。
つらいが一食抜くことに。
帰りの席は、2人席の通路側。
隣では、40代くらいの女性が
ずっと書類をにらめっこ、
後半はパソコンで仕事をしていた。
右斜め前の若者はずっとスマホでゲームをしている。
そしてぼくは腹の減ったのをガマンしながらウトウト。
モンパルナス駅に時間通りに到着。さすがTGV。
ここでたかしまさんと待ち合わせて、墓地の先にある
ビオワインのショップに行こうということになっている。
たかしまさんは、いろいろおみやげを買ったらしく、両手に荷物。
目的の店があるDeguerre通りは感じのいい商店街で、
肉屋も八百屋もカフェもビストロも、
こぢんまりとみんな素敵だった。
荷物と雨のため、あまり写真が撮れない。
せめて、と、シャルキュトリーでぱちり。
ワインの店はかんたんに見つかったが、
金曜日は15時半オープンのはずなのに、
時間になっても開く気配がない。
斜め前のちょっとしみったれた食堂で炭酸水を飲んで待つ。
そして16時にようやくオープン。
La cave des Papillesってお店。
中に入ると、広い店ではないのだけれど、
産地別、白赤ロゼに分けて天井まで
ぎっしりとサンプルが並んでいる。
値札がハッキリついていてわかりやすい。
天井ちかくが高級ワイン、目の高さが中くらい。
安いワインは下の方。とってもわかりやすい。
そして、これをください、というと、
店員さんがもってきてくれる。
ジュラ地方のワインがあったので買う。
そもそもこのワインを教えてくれたのは
サンマロのジャンポール氏だ。
東京で、おみやげにいただいたジュラのワインを
初めて飲んで、驚愕したのです。
シェリーみたいな香りと、甘さ。
黙って出されたらワインとは思わないだろう。
名前は、VIN JAUNEという。
黄色いワイン、という意味だ。
その名のとおり、白というには色が濃く、
とくべつな製法によるものなので、とても高い。
それでも手頃な39ユーロのものを1本だけ。
それからべつにここで買わなくてもいいんだけど、
ラングドックの安い赤を1本。
なんとなく、ね。すぐ飲んじゃうけどね。
会計していたら、店のおじさんが
「日曜日はパリにいる?」と。
いや、日曜日は、朝いちばんでパリを発つんです。
東京に戻らなくちゃいけない。
「残念だなあ。日曜日にここで
ワイン飲み放題のパーティをやるんだよ。
飛行機が遅れれば来られるんじゃない?」
うわーん。そんな素敵なお誘い、やめてくださいよう!
こうしてまた、思いだけがパリに残ってゆくんだよう。
ちなみに、ジュラのワインは
2時間くらい前に開けておくそうです。白でも。
そして合わせるならコンテ。
3年ものがとくにおいしいです。
ああ、そうだった、東京はチーズが高いんだよなあ。
すこし散歩がしたかったが、
荷物も増えたので部屋に帰ることに。
ふたたびモンパルナス駅まで歩いて
12番線でラマルクコーランクール駅。
かりそめの家でも、帰ってくるとほっとする。
ふたたび支度をして、
クノさんとの待ち合わせ場所である
2区のニル通りにある
Frenchieというワインバーへ。
向かいに、同じ経営のビストロがあるが、
そこはパリでもっとも予約がとりづらい人気店。
けれどもこちらのワインバーは
同じレベルの料理がおつまみとして食べられて、
予約は受けていないので「並んで入る」。
行列の嫌いなパリのひとびとも並ぶそうです。
早め──6時半に並べば大丈夫、というので、
その時間に店の前で集合、
ぼくらは5組目くらい。
わりとスムースに入れました。
店内はふた部屋あって、通された奥の部屋は
4人でいっぱいになりそうなテーブルが
6つだったかな。
立ち飲み用みたいな高さのあるテーブル。
そしてこれまた高いスツール。
3人客にはお誕生日席を用意してくれる。
ぎゅうぎゅう詰め、長居不要。
ぱっと飲んでぱっと食べて
次のかたに席をお譲りくださいという感じ。
いちばん奥にキッチン、
これは道と店内に面してガラス張り。
料理長は若い男の子、
スタッフは若い女の子。
みんなものすごい勢いで料理をしている。
手前にバーカウンターとワインセラー、
店員はわずか2人!
ものすごい勢いで駆け回って順番に注文をとっていく。
最初しばらく待ったけど、待ってよかった!
桃とモッツァレラのサラダは、
強火でソテーしたらしい(アツアツではない)桃を、
カプレーゼのようにモッツァレラといっしょに食べる。
スパイスもちょっと効かせてある。
ポークのサンドイッチは、
クミンの香る中東ふうの味付けのポークを
包丁で細かくして、軽くマリネしたにんじん、
そして青菜とともに、円いパンに挟んである。
カルパッチョは、ちょっとこりっとした白身魚に
いろんなハーブがのっていてとてもうつくしい。
(もちろんおいしい。)
田舎風テリーヌは文句なし。
もともと好物だけれどこりゃうまい。
「豚の頭」なる料理は、
ちょっと想像が付かなかったんだけれど、
かなり時間をかけて煮込んだらしいお肉を
(もちろん、豚の頭の肉)
プリンみたいに整形してあって、
こうばしいコーンが添えてある。
ラブブレストは、どかーんというのが来るのかなと思ったら、
くるくるっと巻いたバウムクーヘン状態。
ちょっと強めに火を入れて、焦げ風味がするところが好み。
上のムースはなんだ? 季節柄カリフラワーかなあ。
ワインは白赤1本ずつ。
安いのをてきとうに注文したけど、どっちもすごくおいしかった。
ていうか、パリでワインがまずかった試しがないんだけれど。
デザート(これまた絶品)をいただいて、会計を待つあいだ、
同じテーブルで隣になった女性が
「そちらのかたはニューヨーク住まい?」
とたかしまさんに訊いてきた。
彼女は、夫がパリにレストランを開くので
ニューヨークから引っ越してきて4か月だそうで、
「NYにはあなたみたいな感じの人がいるから」
と、あてずっぽうに訊いたのだそう。
残念ながら違うけれど、それってちょっと言われたら嬉しいよね。
「ハワイの人でしょ!」って言われたことのあるぼくと違って。