祖母の夢を見た。
土曜日の午後、夕べのワインが効いていたのか
頭がぼんやりするので、2時間ほど昼寝をした。
そこは静岡の実家らしいのだが、
改築前のわが家の和菓子の工房のような
がらんとしたキッチンみたいな、
あまり生活感のない場所に祖母はいて、
ひとりで自分の食事をつくっていた。
肌色のたっぷりしたワンピースを着ていた。
おばあちゃんだ!
亡くなってずいぶん経つけれど、
初めて夢に出てきてくれた!
わーい!
そう、夢の中でそれが夢だということを、
どうやらぼくはわかっているらしかった。
ほんとうはおばあちゃんはとうに亡くなっていることも。
祖母のうしろにはステンレスの天板の作業台がふたつあって
ぼくはその上を洗剤をつけたスポンジで洗っている。
おばあちゃんがごはんをつくるので、
なにか手伝いをするつもりだったようだ。
そこに父が来て、酔っているのかいないのか
やけにご機嫌な大声で
テーブルがびしょびしょじゃねえか、と言う。
これはこれから拭くところなの!
と、かちんときたぼくは口答えをするが
どうにも上手に説明も対抗もできない。
何を言ってものらりくらりとかわしながら
文句ばかり言う父に腹を立てる。
夢の中で自分のすがたを確認することができなかったのだが、
なんだか小学校低学年くらいの気分だった。
いつの間にかその場からいなくなった祖母を探すと
隣室のベンチのようなソファのような長椅子に腰掛けている。
(そういうものは当時なかったのだが。)
ぼくは長椅子に飛び乗り
足をぶらぶらさせながらぴったり隣に腰掛けて
「おとうさんが、ほんとうにこまるんだ」
と、祖母に愚痴を言った。
おばあちゃんがいなくなっても、
あの調子がなおらないんだよ。
どうにかしてよ!
みたいな感じで。
おばあちゃんはにこにこと笑って
「すまないねえ」
とやさしく言った。
おばあちゃん。
ぼくは突然涙が出てきて、
嗚咽がこらえ切れなくなり
タオルを頭からかぶって、おばあちゃんに身を寄せた。
「なにしてるだね」
なにか答えようとするのだが、
泣いているのでうまく声が出ない。
おばあちゃんは頭をこちらに倒して
「こつん」とぼくの頭に頭をぶつけ、
そのまましばらく、そうしていた。
寄り添っているおばあちゃんのからだは温かかった。
目が覚めたら、号泣していた。
● ● ● ● ●
日曜日(きょうです)朝、母から電話があった。
冷凍で柏餅を送ったんだけど着いた? と。
まだ着いてないよ。たぶん昼頃には着くんじゃない?
それはそうと、きのう、おばあちゃんが夢に出てきたよ。
「しゃべらなかったでしょう?」
夢に出てくる死んだ人は喋らない、
と母は前から信じている。
ううん、そんなことなかったよ、
とうさんの文句を言ったらすまないねえなんて言ってたよ。
「あらめずらしい」
死んじゃってから初めてだよ、おばあちゃんが夢に出てきたのは。
「あらそう‥‥‥いやだ。なにかないと、いいんだけどなあ」
あ、大丈夫だよ。そういう感じじゃなかった。
ぼくも会えてすごくすごく嬉しかった。
ほんとうに嬉しい夢だったよ。
そんな話をして電話を切った。
しばらくして母から電話があった。
「あのね、おばあちゃんの夢のことだけど」
ああ、何、まだ心配してるの、大丈夫だよー。
「きのう、おばあちゃんの命日よ」
え?
それを聞いて電話口でぼくは
どっと泣き出してしまったのだが、
母はへいちゃらな感じで
「それだけ。じゃあね!」
と言って電話を切った。
● ● ● ● ●
ぼくは一人っ子で内孫で、
完全におばあちゃんっ子であったにもかかわらず、
亡くなってからいままで、
祖母の命日を思い出すということがなかった。
亡くなったのも、東欧に一か月の取材に出る前日だったから、
死に顔も見ていなければ通夜にも葬儀にも参列していない。
意識を失ってから長く入院していた末のことだったので
家族もかなしみより「ほっとした」という感じの往生だった。
「亡くなった日」というものを
特別に思ったりすることがないまま、17年。
きのうもそうで、命日だということは
まったく意識の外にあったのだ。
この話は、ただ祖母が夢に出てきた、と、
それだけのことだとも言えるし、
なにか深読みをすることもできると思うのだけれど、
いまは結論づけることをしないでおこうと思っている。
土曜日の午後、夕べのワインが効いていたのか
頭がぼんやりするので、2時間ほど昼寝をした。
そこは静岡の実家らしいのだが、
改築前のわが家の和菓子の工房のような
がらんとしたキッチンみたいな、
あまり生活感のない場所に祖母はいて、
ひとりで自分の食事をつくっていた。
肌色のたっぷりしたワンピースを着ていた。
おばあちゃんだ!
亡くなってずいぶん経つけれど、
初めて夢に出てきてくれた!
わーい!
そう、夢の中でそれが夢だということを、
どうやらぼくはわかっているらしかった。
ほんとうはおばあちゃんはとうに亡くなっていることも。
祖母のうしろにはステンレスの天板の作業台がふたつあって
ぼくはその上を洗剤をつけたスポンジで洗っている。
おばあちゃんがごはんをつくるので、
なにか手伝いをするつもりだったようだ。
そこに父が来て、酔っているのかいないのか
やけにご機嫌な大声で
テーブルがびしょびしょじゃねえか、と言う。
これはこれから拭くところなの!
と、かちんときたぼくは口答えをするが
どうにも上手に説明も対抗もできない。
何を言ってものらりくらりとかわしながら
文句ばかり言う父に腹を立てる。
夢の中で自分のすがたを確認することができなかったのだが、
なんだか小学校低学年くらいの気分だった。
いつの間にかその場からいなくなった祖母を探すと
隣室のベンチのようなソファのような長椅子に腰掛けている。
(そういうものは当時なかったのだが。)
ぼくは長椅子に飛び乗り
足をぶらぶらさせながらぴったり隣に腰掛けて
「おとうさんが、ほんとうにこまるんだ」
と、祖母に愚痴を言った。
おばあちゃんがいなくなっても、
あの調子がなおらないんだよ。
どうにかしてよ!
みたいな感じで。
おばあちゃんはにこにこと笑って
「すまないねえ」
とやさしく言った。
おばあちゃん。
ぼくは突然涙が出てきて、
嗚咽がこらえ切れなくなり
タオルを頭からかぶって、おばあちゃんに身を寄せた。
「なにしてるだね」
なにか答えようとするのだが、
泣いているのでうまく声が出ない。
おばあちゃんは頭をこちらに倒して
「こつん」とぼくの頭に頭をぶつけ、
そのまましばらく、そうしていた。
寄り添っているおばあちゃんのからだは温かかった。
目が覚めたら、号泣していた。
● ● ● ● ●
日曜日(きょうです)朝、母から電話があった。
冷凍で柏餅を送ったんだけど着いた? と。
まだ着いてないよ。たぶん昼頃には着くんじゃない?
それはそうと、きのう、おばあちゃんが夢に出てきたよ。
「しゃべらなかったでしょう?」
夢に出てくる死んだ人は喋らない、
と母は前から信じている。
ううん、そんなことなかったよ、
とうさんの文句を言ったらすまないねえなんて言ってたよ。
「あらめずらしい」
死んじゃってから初めてだよ、おばあちゃんが夢に出てきたのは。
「あらそう‥‥‥いやだ。なにかないと、いいんだけどなあ」
あ、大丈夫だよ。そういう感じじゃなかった。
ぼくも会えてすごくすごく嬉しかった。
ほんとうに嬉しい夢だったよ。
そんな話をして電話を切った。
しばらくして母から電話があった。
「あのね、おばあちゃんの夢のことだけど」
ああ、何、まだ心配してるの、大丈夫だよー。
「きのう、おばあちゃんの命日よ」
え?
それを聞いて電話口でぼくは
どっと泣き出してしまったのだが、
母はへいちゃらな感じで
「それだけ。じゃあね!」
と言って電話を切った。
● ● ● ● ●
ぼくは一人っ子で内孫で、
完全におばあちゃんっ子であったにもかかわらず、
亡くなってからいままで、
祖母の命日を思い出すということがなかった。
亡くなったのも、東欧に一か月の取材に出る前日だったから、
死に顔も見ていなければ通夜にも葬儀にも参列していない。
意識を失ってから長く入院していた末のことだったので
家族もかなしみより「ほっとした」という感じの往生だった。
「亡くなった日」というものを
特別に思ったりすることがないまま、17年。
きのうもそうで、命日だということは
まったく意識の外にあったのだ。
この話は、ただ祖母が夢に出てきた、と、
それだけのことだとも言えるし、
なにか深読みをすることもできると思うのだけれど、
いまは結論づけることをしないでおこうと思っている。