ちょっと前の話なんだけど、
写真家の菅原一剛さんにシグマの一眼レフを勧められて
古い型をヤフオクで安く買った。
シグマは基本的にレンズのメーカーで
ニコン用とかキヤノン用とかフォーサーズ用とか、
自社設計の純日本製レンズを
各社のマウントで出しているメーカーなんだけど、
じつはカメラもつくっている。
2008年にCMOSイメージセンサー開発のFoveon社を
完全子会社化したりして、
カメラ部門にはじつはそうとう力を入れているんだけど、
残念ながら市場ではあまり一般的ではない。
役者で言うならば──。
キヤノンやニコンのような
歌舞伎もミュージカルもテレビドラマもできる
ベテランの風格があるわけでもなく、
オリンパスやペンタックスのような
ドラマだけじゃなくバラエティもこなします的な器用さがあるわけでもなく、
あるいはソニーやパナソニック、リコーのような、
いわばきらきらしたアイドル的な愛想や
じつは音楽もやってます、ていうかミュージシャン出身です、
というようなキャッチィな個性があるわけでもなく、
シグマのカメラというのは
存在感はあるものの、ほら名前なんだっけ、
あの渋い役者さん、劇団出身の、ほらほら、というような
ちょっと癖のあるカメラなんである。
じゃあプロ向きかというと、
やっぱりプロはニコンやキヤノンを使う人が多いし
じっさいにシグマを(シグマも、ですが)使っている写真家は
ぼくは菅原さんくらいしか知らない。
まあ、あらゆる「一般的でないカメラ」は
ハイアマチュア向けなのかもしれないですね。
そのあたりのことはよくわからないんだけど。
でもまあ、カメラのことは
菅原さんの言うことを聞いておけば間違いないと
ぼくは考えているので、
「日々つくっている自炊の料理を
もっとおいしそうに撮りたい」
というぼくの希望を聞いた菅原さんは
「シグマのsd14っていうのを中古で買って、
シグマの30/1.4をつけるといいですよ」
と教えてくれたんでした。
sd14はカメラの名前、30/1.4はレンズです。
で、探したら、あららこんなに安くていいの、
というような値段の中古が見つかった。
ところがいざ手にしてみると、
この人、アイドルではなく渋い役者なわけで、
なかなかこっち向いてニコニコはしてくれない。
シャッターを押せばそりゃ写ることは写るけど、
なんだかピンとこない。
むこうもピンときてない感じがする。
「そもそも、どういう絵がほしいんですか。
ちゃんとおっしゃってくださらないと、
私も、動きようがありません」
という感じである。
この新人監督の演出の下手さに、怒るでもなく、
困ったもんだなと煙草を吸いながら、
じっとこちらの出方を伺っている。
いっぽう、これも菅原さんのすすめで入手した
オリンパスの小型ミラーレス一眼があるんだけど、
この人はむこうからがんがん歩み寄ってくれるタイプで
「歌いますよ。なんなら踊りましょうか。
ここでくるっと回ってニッコリ、みたいな感じですか。
それともポーズ決めて、こう?」
みたいなふうに、なにかと提案をしてくれるが、
まあそれはそれで紋切り型な気がしないでもないし、
「万人受け」という八方美人の印象もある。
が、そこは監督とのコンビで鍛えようもあり、
つきあっていくうちに
それなりに楽しいカメラに育ってくれた。
マウントアダプタでいろんなレンズが使えるので
(衣装やメイクを替えるようなものですね)
古いCONTAXのレンズをつけたりすると
それはそれは張り切ってくれるのだった。
そんななか、渋いシグマは出番をなくして、
しばらく隠遁することになっていた。
先日ひさしぶりに菅原さんにお目にかかったとき、
その話になって、
いやぁ、自分には使いこなせなくて、出番がなくて、
そう言うと菅原さんは、
「これこれこういうふうに、こうしてこう撮ると、
ある意味、ライカ越えですよ。
画像ではなく、写真になる」
と、ひじょうに具体的なアドバイスをくださった。
ライカ越え。
ライカというカメラは、
あくまでも古いフィルムカメラでの経験ではあるが、
それはそれは奥深い表現をするカメラだ。
たとえそれが日常生活の断片にすぎなくても
まるで連綿と続く上質な人生の一シーンのように
奥深く表現する。
自分の人生、意味があるんだよな、悪くないじゃないか、
と思えるような絵を提示してくれる。
こんな絵です。
△ライカで撮った、プラハ旅行の一場面。
しかし、ライカが得意とするところは、
人間の目に近いというか、
ふと顔を上げてそこを見た、その画角くらいの表現、
わりと雑多にいろいろなものが入り込む景色を
切り取るのはとてもうまいんだけれど、
料理単品をばしっと表現するようなことには長けていない。
ライカで撮ると、料理が写るというよりも、
その料理を食べている時間が写る。
そこにいるであろう人の気配が写る。
それはそれですばらしいことである。
しかしぼくは料理単品を
「なんじゃこりゃ」というような感じで撮りたい。
そういう目的にはあまり向いていないのがライカで、
それはそれでしかたがない。
まあ、舞台女優と映画女優とテレビ女優が
ほんらい違うものであるようなことだ。
で、シグマ。
菅原さんの言う「これこれこういうふうに、こうしてこう撮る」
というのは、かんたんに言うと、
●アンダーめの設定にして
●データはRAWで撮り
●パソコンに取り込んだら、SIGMA純正のソフトで現像
●それをTIFFで書き出して
●Photoshopで開く
というものだ。
ちっともかんたんじゃない。
むしろひじょうに面倒だが端折りようもないので、
やってみたところ、
なんじゃこりゃ、自分がつくった料理なのか、
というようなものが撮れてしまった。
ウエブなので結局JPGにしてはいるが、
こういう感じです。
オーブンで焼いた豚肉と野菜を皿に盛ったもの。
△こちらがオリンパスのなんでも撮ります
バラエティもオッケーです的カメラ。
古いレンズをつけてがんばっている。
△こちらがシグマの渋い役者系カメラ。
ああ、なるほど。こう違うんだ。これは違う。かなり違う。
テレビのバラエティと文芸映画くらい違う。
「監督、こういうことですか」
そうですそうです、そういうことです。ありがとう。
それにしてもライカ越えというか、ライカとはまた別のすごみがある。
別ジャンルなすごさ。
「画像ではなく、写真になる」というのもよくわかる。
これだと「朝からこんなとんでもないものを
つくって食べてるんですか」と言われてしまう。
はて、じっさいそんなことはなく、
料理を目の前にした印象はもうちょっとカジュアルなんですけどね。
ぐるっとまわって「そのカジュアルさ」を撮りたいときは
断然、ライカがいいと思う。
たとえば「1台、旅に持っていく」ならやっぱりライカだ。
たんたんと撮った写真を時系列に並べるだけで、
ショートムービーになっちゃう。
でも旅先では料理は料理として撮りたいわけで、
そうなると「1台だけ」選ぶっていうのが
ひじょうにむずかしいんもんだから、
オールマイティなオリンパスを
持っていくことになったりするんだよなあ。