起きてゆっくり風呂。
塩を入れて浸かる。
汗がたっぷり出る。
コーヒーを淹れて飲みつつ、
そうだきょうはナザレに行こうと決める。
遠出計画は、近距離がベレン(ここはすでに2度行った)、
中距離がカスカイスとロカ岬
(変換で蘆花三崎って出るんだけど?)、
近距離がベレンだったが、ベレンはすでに2度往き、
蘆花三崎は晴れてるほうがいいだろうと
天気予報から明日にすることに。
したがってナザレ。
旧い漁師町のナザレ。
結婚した女性は黒装束、
男性は黒い帽子にチェックのシャツに
フィッシャーマンセーターといういでたちらしい、ナザレ。
ナザレへは鉄道だと乗り換えアリで3時間半、
高速バスだと1時間50分。
ふむ。バスにしよう。
ネットで調べてみたら
RADE-EXPRESSOS社という大きなバス会社が
ナザレ直行便を運行しているらしい。
サイトを見つけ、往復2人ぶんのチケットを予約、
クレジットカードで支払いも済ませました。
もはやバスもE-TICKETの時代なんですね。
ちなみにそのバスは空いてるらしく
最前列の席がもらえたみたい。
わーい。
こどもか。(料金はオトナ。)
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ところが──、まずバスに乗り遅れるという失態。
原因はみっつ、まずチケットはネットで購入済みだからと
到着時間をちゃんと考えていなかったこと。
国鉄の駅からバスターミナルは近いはず、と情報だけで
正確な場所を把握していなかったこと。
そして購入チケットはEチケットではなく
窓口で印刷したものに引き換える必要があったのを
知らなかったこと。
走りに走って間に合う時間には着いたものの
結局、窓口に並んでいるあいだにバスは行っちゃいました。
白いスニーカーの靴ひもがほどけて踏んで走っていたので
どろどろになっちゃった。
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それでも1時間おきにバスが出ていたのでよかった。
次のに無事乗り込んで、高速を通り1時間50分でナザレ到着。
‥‥あれ? 聞いていたナザレとはずいぶん違う雰囲気。
つまりですね、「流行っちゃった海水浴場」な、
ちょっと白浜とかさ、熱海とか、
なんかそういう感じ?
白い壁の家、観光レストランと土産物屋。
人々が(おばあさんたちは)民族衣装的なものを着ているのが
地方都市らしい趣はあるものの、
おじさんたちは普段着だし、なんというか拍子抜け。
でも、ま、そういうことでしょうと、そぞろ歩きをして、
ケーブルカーに乗る。
坂の上にはちょっといい住宅地や博物館、
岬につながる道、そして灯台がある。
その先がすごかった。
ゆるやかにくだっていく道の先に大西洋が見えてくる。
岬の右手には広い砂浜と海、それだけがあり、
球体の一部である海が水平線から空にとけている。
出かける時は雨模様だったのが
ここについた途端日が差してきて、
北の方から砂浜と海が太陽に照らされていく。
やがて岬にいる自分たちのところにも陽が届く。
海風はやさしく、潮の匂いは強くない。
むしろ乾燥していてとても気持ちがいい。
聞こえるのは波の音。
ああ、これが大西洋か。
ヨーロッパの地の果てから海に出ていった
大航海時代のひとびとは、
この景色を見ていたのか。
そりゃ、出ていきたくなるよなあ。
岬から、未舗装の道を降りて砂浜へ。
降りてしまうとまた登らなきゃいけないが
それでも降りたくてたまらなかった。
どんどん砂浜が近づく。
岩盤からぴょんと降り立ったときは
月面に降り立ったみたいな気分だった。
こんな景色みたことない。
想像を超える、筆舌に尽くしがたい景色というのを
いくつか見てきた。
フィンランドの夏の森と湖だとか、
アンデスの山中の畑とか、
なにもないのだけれど、すべてがあるみたいな景色。
ここにずっととどまっていたいというような景色。
陽を浴びてきらっきらに光る海と砂浜、
しかも誰もいない砂浜、これはまさしくそんな景色で、
もう「うわぁ‥‥」としか言葉が出てこない。
1時間バスが遅れたから、
この快晴のタイミングに出会えたんだなと思うと、
神様ありがとうという気持ちになる。
ああ、どうしてこんなに素敵な景色を見せてくださったのですか。
「それはぼくの普段の行ないがいいからですよ」
と、同行者がしれっと言う。
あはは、そうだろうな、ありがとう。と、
大西洋ですっかり心が広くなったぼくは言う。
馬鹿な会話をしていても、目の前の感動は薄れないもんですね。
●
帰り道は、獣道みたいなよくわからないところをひたすら登って、
岬まで戻る。
けっこうな運動量。
厭いませんよ、そのくらい。
と心では思っているが、息は切れる。
先を行く同行者が振り返って
「武井さんはもうすこしカーディオ(有酸素運動)
したほうがいいですよ」
と冷静に言われる。
それもそうですね。
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ほんとは「西の果て」であるロカ岬にも
この旅のなかで行こうと思っていたんだけれど、
スタンプラリー的な意味以上のものがないだろうな、
それよりも、この名もないような岬のこの風景を
ぼくらは西の果てと思うことにする。
なのでカスカイス~ロカ岬のツアーはとりやめることに。
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さてランチ。
観光レストランがずらりと並ぶ坂の下の町や、
坂の上でもケーブルカーの駅周辺は、
まあおいしいだろうけど、決め手に欠ける。
こういうときはトリュフを探す豚なみの自分の嗅覚を信じよう。
博物館脇にあったローカルな食堂に入る。
イワシと、太刀魚の炭火焼き。
表でお姉さんが魚に塩をして焼いてくれる。
うまそうな匂いの煙が立ちこめる。
炭酸水、パン、チーズで待つ。
来た来た。
同行者はぼくの知りうる限りもっとも魚をキレイに食べる男だが
その彼がまずイワシの頭にかぶりついた。
え、頭、食えるの。
「うん、おいしいよ」
ちょっと俺、今、イワシに夢中なんだから
話しかけないでくれるというような殺気を出しつつそう言うと
またイワシに夢中になる。
で、ぼくもまねして頭をがぶりとやってみたら、
‥‥うまーーーーーーーっい!
なにこれ!!
「イワシだよ」
わかってるよ。
5尾、ふたりでぺろり。
骨はあとかたもない。
そして太刀魚。
こちらはイワシに比べたら品のある感じではあるが
なにしろ炭火で焼いた皮や脂のぱりっと加減とか最高。
さすがに太刀魚は骨が強いので残したけど、
猫またぎ級にきれいに食べました。
つけあわせの茹でたじゃがいもや野菜サラダも完食。
皿を下げに来たおじさんが明らかに驚いた顔をして
「どっから来たんだ」と聞く。
「日本から」「そうか」
まあ、日本人がみんなイワシを頭からばりばり食べるとは
(しかも骨まできれいに全部)思わないほうがいいですよ。
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ケーブルカーで坂を下り、バスターミナルへ。
往きもそうだったけど、
時間がおそろしくパンクチュアルなバス。
もっとルーズかと思っていたからけっこう驚きでした。
コンピュータで世界中がこうなっていくんだな。
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リスボンに戻ってちょっと食材を買い、宿へ。
(あと靴ひもも買った。げてげてになっちゃったから。)
夕飯はまたスパゲッティ。
にんにくを刻み、スモークベーコンを刻み、フライパンで熱し、
そこに瓶詰めのトマトソース、スパゲッティのゆで汁、
それから残っているフレッシュチーズを入れてソースに。
おいしい。
じつは気持ちとしてポルトガルでの外食は
もうしなくていいくらい満足でいる。
肉も食べたし魚も食べた。
もちろん食べていないものはたくさんあるけど、
ぜんぶ食べられるわけじゃないし、
地元の人にかなうわけがない。
だったらいちばんうれしい部分だけを持って帰れば
いいじゃないかと思うようになれた。
同行者のおかげなんだけど
「もっと喰いたい、ぜんぶ喰いたい、
誰よりもここをいちばん知りたい」と思う
自分のちょっと困った部分にブレーキがかかり、
なんだか「足るを知る」旅になっているように思う。
まあ、そういう武井さんはつまらないと
思われちゃうかもしれないんだけど、
明らかにこの旅のあいだにどんどん健康になっているだもの。
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宿に戻り、同行者とたくさん喋る。
おもしろい時間。
15年くらいか、もっとか、
もしかして20年くらい? のつきあいだけど、
旅に来たのははじめてだし、
これだけまとまってしゃべったことはないんじゃないかなあ。
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さて最終日は、もう、なにもしないぞ。
のんびりする!
(ということでまだ宿でぐうたら中です。)