41歳の誕生日をダシにして、
おいしいものを食べてきました。
レストランで誕生日って言うと
「祝ってくれ」って意味なんで、
「♪サンテアグーニー」とかうたわれて
はずかしいから言わない。
蝋燭もケーキもいらないから、
もそもそと、おいしく、地味に、楽しく、
この時間を過ごさせてください。
照れずに言うがそういうことにつきあってくれる相手がいて幸せだ。
「X」(仮名)は、大学の脇道を入って大通りに出る
ちょっと手前にあるシチリア料理店。わりと新しい店。
以前は別の場所で「Z」(仮名)という店だったんだけど
そのころ何度かチャレンジするも、
一度も予約がとれなかった店。
そして謎に包まれたいきなりの閉店、
しばらくして昨年11月に、
同じシェフが同じスタッフを率いてあたらしい店をあけた。
2週間くらい前に電話したら、
カウンターで遅い時間ならとれますよ、と言われて
94年製のマニュアルのミニ・クーパーに乗っけてもらい
にぎやかに灯の洩れるその店に行きました。
結論から言うと、ぼくはまた行くでしょう。
すばらしくおいしい。
その最高の食事に対して、
サービスはというと、どこか歯車のあわないままの、
でも一所懸命だという、不思議なサービス。
感じはとてもいい。だってなにしろ一所懸命。
でも、話が通じない‥‥
若い子に何か頼むと
「ちょ、ちょっと待ってください‥‥」と言って逃げる。
あとでわかるんだけど、
まともにできるのはひとりか、ふたりしかいなかったみたい。
だからものすごくおいしい(はずの)料理を待つ
客のテーブルは、いずこも、‥‥料理が乗ってない。
シェフはというと、ほぼひとりでつくっているらしく、
これじゃあ、待たされちゃうよなあ。
でも「おいしいことを知っている」お客さんは
わいわいとたのしく我慢強く待っている。
そんな店。じつに‥‥東京っぽくはない時間が流れている。
どれだけおいしいかというと──、
ぼくはものを食べて意識が遠のいたのは初めてでした。
それはカラスミのスパゲティだったんだけど、
一瞬、クラッとして、そこがどこだかわからなくなり、
連れも、同じように「あれ? いまオレどこに‥‥?」と
不思議なふうだったので、聞いてみたら、
まったく同じ感想を持ったようです。
ぼくら、たぶんそのパスタを食べてる間だけ、
魂(デブの)がイオニア海あたりをさまよってたと思う。
大げさでもなんでもいいや、
とにかくこういう形で感動したのは初めて。そういう料理。
ほかにも鶏のレバーとハツのソテーに驚き、
軽く燻したマグロのカルパッチョ(オレンジと食べる)に感動し、
イワシとウイキョウのショートパスタに膝を打ち、
トリッパの煮込みを味わい、
豚舌・羊・豚のスペアリブの炭火焼きをがっつきました。
うん、いま、ひとつずつ思い出しても、
どこか遠くに行っていたような気分が残ってる。
食べ疲れというより、旅疲れみたいな気分。
前に「スズキ」(というレストラン)に行ったとき、
Tボーンステーキのあまりのうまさに
二人で泣いたことがあった。
その食事では12皿を食べつくし、
まるで、その、なんだ、事をいたした後、
それも、人生に記録されるほどの
とてもすばらしいやつを、みたいな、
そんな体験をしてしまったことがあるんだけど、
(店にも大食い記録として記録されたんだけど)
それと同じくらいの衝撃がありました。
このデブども、ちょっとどうかしてると思うな。
そんなふうに食事に「超」のつく満足をしていたぼくらは
「でも、これだけ美味しかったら、そりゃ待つよね。
なんか言うのはやめようね」
と結論づけたんだけど
(そうしないと楽しめなくなっちゃうから)、
L字カウンターのすぐ横にいた、
お金持ちふうの革ジャンなおじさんと、
薄着なおばさんは違った。
料理の遅さや、若いスタッフのマニュアル的な対応に
ついに切れて、酔っぱらっていたのもあって怒りだしたのです。
それも回りに迷惑がかかる怒りかたをしていて、
ほかのお客さんとぼくら、目配せして
「困っちゃいましたね」と肩をすくめる始末。
彼らが言うには(ぜんぶ聞こえる)、
予約どおりの時間に来たのに15分待たせたあげく
料理が出るのが遅い。それはまあいいにしても、
最後に次のお客が来るからデザートはダメだって、
それはいったいどういうことだ! ふざけんじゃねえ!
さらに、カード渡してからずいぶん経つぞ、
会計にどんだけ時間かかってるんだ、
と怒っているわけです。
じつに正論。反論の余地なし。
なんも間違ってません! ‥‥なんだけど、
みんなそれをわかってて、
それでもここの料理を食べたいと思って来て、
料理が来るまでの時間をお酒とお喋りで埋めて、
「長い目で見よう、育ってくれ」と思いながら
楽しんでいるんだと思うけどなあ。
なにしろ魂(デブの)をつかまれて
イオニア海に放り込めちゃうくらいうまいんだから。
東京にこんな妙な店があってもいいじゃないか、
と、シチリア式に考えればいいじゃない‥‥と。
当のシェフはそういったことに何も動じず、
しかも呼ばれればお会計やら電話とったりまでしてて、
そのあたりも、うまく回ってない理由にちがいないな。
なんかすごく「ずぼらでいい人」そう。愛されキャラ。
このシェフを慕って、スタッフが集まったと聞く。
たぶん料理の腕は天才的なんだろう。
でも店が大きすぎるのかな、
ぼくの印象だと「シェフひとり、サービスひとり」が
プロと言える力量で、
あとアシスタントが各1人ずついるのかな、という感じ。
その他は、なんか、一所懸命なマニュアル君ばかり‥‥。
それで30人の客を相手しているのだから、
あきらかに、キャパオーバーなのだと思うのです。
さて食べ終わってお会計。
若い子に言ったけど、
「はい」とお返事が返ってきたものの、
待てど暮せど伝票はこない。やっぱりな。
ので、さきほどの怒られていたマネジャーさんに言う。
あっと言う間に伝票が来る。
ううむ。
「せっかくの時間を、すみませんでした‥‥
あのお客様のおっしゃることはすべて正しく、
私共がまちがっているのです。
お怒りになられるのは、とうぜんなのです」
と真剣に謝られる。
いえいえ、とてもおいしかったから、
ほんとうに、おいしかったので、大丈夫です、と言ったら、
そんなお言葉をいただけて‥‥と、
泣かれてしまいました。‥‥あのう、
ぼくら、そんなに、怖いですか‥‥。
連れは見た目がマフィアのようですが、
(デザートも、ゴッドファーザーよろしくカンノーリを食べてたけど)
じつに気立てのいいやさしい男なんです!
と言うのもなんなので、こちらも涙ぐんで(くすん)
お店をあとにしました。
だって、おいしいんだから、いいじゃないか。
(前に、とある韓国料理店で
塩がまったくはいっていない料理に文句を言ったら
塩をかけろと言われて怒ったことがある私ですが)
おいしくて感じはよくて、でも一所懸命さは空回りしている
まだ若いレストラン。
いいじゃないか。愛すればいいじゃないか。
というわけで、「X」(仮名)。
ぼくはまた行くと思います。おいしいから。