6人で千日前のなんばオリエンタルホテルに泊まり、
食い倒れつつ劇団☆新感線「朧の森に棲む鬼」を見ようという
なかなかディープな大阪旅行。
滞阪まる1日という短さでしたけど
満喫してきました。
阪神や阪急のデパ地下には行けなかったものの、
たこやき「わかな」は二度も行ったし、
「つるとんたん」ででっかいうどん
(器がでかい、だけだけど‥‥)も食べたし、
なにより、串揚げ「うえしま」は
おまかせコースで24串いただきました。
「いかの雲丹のせ」とか、もう、おいしくておいしくて。
じつは40歳にして串揚げバージンだったんだけど、
あたい、相手があんたでよかったわ‥‥
あんたのこと、ずっと忘れない‥‥というくらいの、
すばらしい水揚げ‥‥じゃない、
油揚げっぷりでした。げふー。
あ、後付けみたいで申し訳ないけど
旅の主役「朧」は、二度目だけど、
やっぱり、ほんとうに、すごかった。
再演を切に望みます。
そんときはまた騒ぎます。
翌朝土曜は、三々五々に、
岡山に行く人あり、東京に戻る人あり。
ぼくは大阪で取材が一件あったので
午前中をそれについやして、
心斎橋の大丸の地下で豆狸のいなりずしを買って
(なんとなく目についたんで買ってみた)
新大阪から静岡へ。
ええと‥‥一年半ぶり? の帰郷。
前回は「つま恋」に行く途中に30分寄っただけで、
このところは年末年始も旅行に行っちゃうし、
じつに親不孝な一人っ子なのをやや反省しつつの一泊でした。
長く東京にいて、定年間近まで三井銀行本店に勤めあげた
派手な美人の伯母(母の姉)が、
その後二度の結婚(いずれも後妻)、
そして離婚をして、心臓を患って倒れ、手術をし、
不幸としかいいようのない老年をおくったあと、
78にして、静岡にある高齢者専用のマンションで
やっとのびのび暮らしはじめたというので、
ちょこっと遊びに行く。
新築の、広くて明るくて、
とても暮らしやすそうなマンション。
よかったねえ、いっこちゃん(伯母の呼び名)。
病気をしたとはとても思えない元気さ、綺麗さで、
声の張り(ハスキーできれいな声)も昔のまま。
安心。
大学受験のときお世話になったのもこの伯母のところ。
「いま思えば、義明が受験で泊まっていたとき、
おじさん(旦那)ぜんぜん帰ってこなかったよね。
あのとき、もう、崩壊してたのよね。あはははは!」
と、もう22年も前になる、
最初の結婚とその失敗のことを明るく話す。
おじさんはフィリピン人のホステスに入れあげて
給料も貯金も使い果たしたうえサラ金に手を出して
家がめちゃくちゃになっちゃったんだった。
一時、従兄弟だったあの男の子(旦那の連れ子)は
いまどうしてるかなあ。
やんちゃで明るい子だったから、
なんとかやってるだろうねえ。
そんな会話をする。
引っ越し祝いなんか要る? 何にも要らないわよ。
というので、じゃあ、これからの人生のために
ちょっとだけ御祝儀(?)!
「うわあ、義明にお小遣いもらうの初めて!」
とやたら喜んでくれてありがとう。
家での夕飯。
実家でめじまぐろの刺身や、うどのぬた、蕗の煮物、
茶わん蒸し、ごはん。
うーーーーーーーーーっっまい!
やっぱりものすごく、うまいやあ。
ありがとう。
夜、友人ふたり‥‥ひとりは小中高と同じ学校、
ひとりは中学のときの塾
(お寺がやってたスパルタ系の塾)での同級生、
と久しぶりに居酒屋へ、ぐだぐだ話す。
友人1は独身。あのう、ものすごく若く見えるんだけど?
ていうか、40のおっさんになっても、
会話は塾やクラスでの会話と、なんにもかわんないもんですね。
友人2は、S字結腸の癌に罹り、4度の手術をして、
奇跡的に(というか、奇跡だと思う)生き長らえたやつ。
いまはもうほんとうにまったくもって
「ものすごく元気」になっている。
よかったなあ。
そして帰り道に巨大ゲームセンターでピンボール。
(うちは商店街なので、
町内に伊勢丹もコム デ ギャルソンも
パチンコやも映画館もあるのです)
ピンボールっていつやっても楽しい。
日曜日。
伯母のさらに上の伯母(呼び名は、さちこちゃん)の
入っている、介護施設にお見舞いに。
さちこちゃんは、伯父を看取ったあと、
ながく逗子にひとりで住んでいたんだけど、
(むかしちょこっと書きました)
アルツハイマーに罹り、
どうも「おたくの水道管だめになってますよ、
うちが工事します」みたいな悪徳業者に騙されて
お金をとられてるみたいだというので、
うちの母たち(つまり妹たち)が団結して
引き払わせて、静岡の介護施設に入れた。
徳州会がやってる新築の施設で、
これまた、きちんとした素敵な施設。
ぼくも今度いつくるかわからないし、
今日は時間もちょっとあるから、
「さちこちゃん、義明のこと、わからないと思うよ」
と、昨日のいっこ伯母ちゃんが言うけど、
でもまあそれはそれでいいや、
こちらの気持ちですから‥‥と、
タクシーで母、いっこ伯母ちゃんと3人で施設へ。
アルツハイマーといっても、
クスリをのんでいるので、進行はしていない、
けれども、新しい記憶が定着しないうえ、
いろんなことがうまく思い出せない状態みたい。
「だーれだ? このおじさん」と、いっこちゃんが言う。
ちょ、ちょっと、おじさんはないでしょう!
「ありゃー、わかんないねえ!」
「義明だよ」
「ええーっ。大きくなったねえ!
こんなちっちゃかったのに」
大人になってから何度も会っているんだけど、
どうも、ぼくのことは10歳くらいのときまでのことしか
おぼえてないみたい。
うちの母(伯母にとっては妹)ですらわからない。
でも「かほる(母の名)よ?」と言うと
「やだ、かほちゃん! わかんなかった!」。
そのあとは、会話を続けているぶんには、
かほちゃん、義明、と、ちゃんと話すので、
RAMみたいなものは機能しているんだな。
でも、一晩寝ると忘れちゃうみたい。
ただ、きれいにお化粧をしていたし、
髪も(もう85なんだけど)最近黒くなってきたというくらい元気。
「前は、三つ編みだったのよ」
と、やはりずいぶん前の記憶と、いまがつながってるみたい。
体は丈夫、ということなので、
ともかくも安心。
こういう状態で、長生きすることが
いいのかどうかわからないけど、
元気で笑っているうちは、まだ、召されてほしくないな、
と思う。
また来るね。
次は母の老眼鏡を買うのにつきあう。
というか、わたくしが買わせていただきます。
「エルメスの財布でもいいのよ?
ファミリーカードを贈ってくれてもいいのよ?」
と、おっしゃいますが、
すんません、眼鏡で勘弁してください。
ということで「和真」で、かなりモダンな
グッチの黒いセルフレーム。
決めるの早いね‥‥。
レンズを薄いタイプにいたしますと
おいくら万円、追加になりますが。と慇懃な店員に言われ、
ニッコリする母。
はいはい、そうしろってことね‥‥とほほほほ。
蕎麦を食べて(戸隠)、ふたりと別れ、
昨日も会った友人1と、もう一件蕎麦屋へ。
「蕎麦の実」という、ぼくらの好きな蕎麦屋。
関東風なんで、東京のうまい蕎麦屋には負けるけど、
なかなかうまいです。
鴨せいろ。うう、さすがに蕎麦屋のハシゴは苦しい。
車でぐるっと回る。
ぼくの行っていた小学校はこの春なくなって
隣の小学校と合併して名前がかわる。
その式典もこの日だったんだけど、
別に出席はせず、でも、学校の脇を通って、
なんとなく、いつくしみ、学校の最期を見送る。
家に戻って昼寝。爆睡してしまう。
起きたらもう夕飯。‥‥いい日曜だなあ。
いのししの生姜焼き、など、けっこう珍しいものを
たくさん食べさせてもらう。
さあ‥‥根っこが生えるまえに、そろそろ帰りますかね。
蒲菊の黒はんぺんと、田丸屋の金印わさび漬けと、
東海軒の鯛飯弁当と幕の内弁当を買い(あした食べるんです)、
ひかり号に乗る。
1時間。
この日記を書いて、やっと東京モードになりました。
ぼくはどうもすごく静岡が好きみたい。