パリでたっぷり一日が使えるのは今日が最後。
まずは「ダダ展」のでっかいカタログを送ってしまおうと
ホテルの真裏にある郵便局へ。
POST EXPORT、海外用郵便のパッケージで出そうと、
呪文のようにポステクスポールポステクスポールと
となえながら列にならぶ。
ガイドブックによるとフランスの郵便局は
局員が機嫌が悪いだとか書いてあるんだけど、
んー、ぜんぜんそんなことはないと思う。
日本と違うのは、極端な効率化をはかっていない、
一対一できちんとつきあってくれるので、
窓口での一人当たりの時間が、けっこうかかることだ。
でもこれは、言葉の解らないものにとっては
かえってありがたい。
できるまでつきあってくれるからねー。
荷物を量ったら、ほんとうにぴったりカンマ以下も
「2.00キロ」で、おじさんびっくりしてました。
ぼくはわりとこういうことがあります。
さて、きょうは2時20分に待合わせなので
それまでに、12時開館のカルティエ財団現代美術館を見て、
サンルイ島でアンドゥイエットを食べたいと思った。
で、まずは地下鉄でラスパイユ、歩いてカルティエ美術館。
彫刻家の「ロン・ミュエック」の展覧会をやっていた。
ひとびとの日常を「超拡大」したり
「超縮小」したりする彫刻家‥‥うーん、説明がむずかしい!
Googleで「RON MUECK」を画像検索してくださいな。
これは実物が見れてよかったなあ。
あまりのすばらしい出来に、どかっとやられる。
カルティエ財団すごいな、
これをオーストラリアから呼ぶんだな。
次に時計買うときはカルティエにすべきかもなと
つまり「こんなふうに社会に還元しているのです」という
方針として見ることもできるわけだしね。
さてさて、おなかがすいてきた。
ノートルダム寺院の近くで地下鉄をおり、
メモしておいたサンルイ島のレストランを目指す。
しかし‥‥ない!!
潰れたか?! ガイドブックにはよくあることだけど、
「かつて、あった」ということを知っているだけで
そこは淋しい場所になる。
アンドゥイエット協会が認めたアンドゥイエットの店で
アンドゥイエットを食べることはかなわなかった。
感じのいいフォワグラ屋をみつけたので
プラハの友人へのお土産に、瓶詰めのパテを買う。
それなりにフランス語で試食している自分がおかしい。
で、昼食はどうしようかと、
勝手知ったるマレに戻ることに。
レバノン料理の、早そうな店があったのを思い出した。
ミックスグリル(というような感じのもの)を注文。
あっと言う間に出てくる。やっぱりね!
で、‥‥これがまたうまい!!!
エスニックまでうまい!!! おそるべしパリ!
堪能する時間もないのでがつがつかっこんで出る。
セーヌ川沿いの地下鉄線のポンマリ駅から
待合わせのショセーダンタン・ラファイエット駅へ。
ぴったり約束の2時20分、同じ電車で
教授も来ていたようで、無事落ち合う。
前にも書いたけど、こうして妙なところで
フランス人と待合わせをしている自分がおかしい。
テアトル・モガドールは由緒ある劇場。
マシュー・ボーンの演出は初めて見る‥‥どころか
白鳥の湖すら、初めてなうえ、
考えてみたらバレエを見るのも初めてでした。
でも言葉が要らない演劇なので安心。
「白鳥を男が演じる」というものすごく大胆な解釈、
いったいどうなるんだろうと思ったけれど、
これが骨太な物語として編まれていて、
しかも、バレエのテクニックが超絶なので、
歌舞伎を見ているようだった。
最後はぞわわわわっと鳥肌がたち
スタンディング・オベーションをしてしまいました。
歌舞伎の「籠釣瓶花街酔醒」を思い出すのは、
「ひとめ見て、地獄に落ちる恋がある」という話だったから。
いやあ、面白かったです。
バレエのあと、
「夕ご飯は、8時半から9時にハジメマスカラ
そのくらいに来てクダサイ。
今日は9人にナリマシタ」
という教授と別れ、ひとりで、
ギャラリーラファイエット前から
オペラ界隈〜フォーブルサントノーレを流してみる。
大晦日の繁華街。もう店は閉まりかけていたけれど、
華やかさはじゅうぶん味わえました。
‥‥うーん、まあ、これを「パリだ」と思って帰るのは
(ぼくには)ちょっと違うだろうなあと、
やはりホテルはマレで正解だったと思う。
ぼくはなんて幸せなんだろう。
コンコルド広場の観覧車がきらきらと光りながら回り、
だんだん大晦日のカウントダウンに向けて
街がわさわさした雰囲気になってきている。
いったんホテルに帰って休んで、
それから教授宅に行くことにしよう。
●
地下鉄をナシオンで乗り換えてル・デ・ブーレへ。
大晦日を過ごす友達が、教授宅にすでに集まってました。
女性3人、男性6人。
ヨガの先生、画家、書家、などなど、
多彩な顔ぶれのおじさんおばさん。
「買ってきただけ」と言うけれど、
シャンパンをぽんぽん開けながら、
生牡蛎50コ、鴨のフォワグラのテリーヌ、
エスカルゴ、シャポン、白ブーダンと、
いまこうして書くのもおそろしい、
もうぜったい1万カロリー超えてるよな、の食事。
デセールもたっぷりで、ほんと、食べた。
フォワグラは1日5回口からえさを流し込み
無理やり太らせた鴨の肝臓(肝硬変!)だし
シャポンは去勢することで体のバランスをおかしくさせ
ぶくぶくに太らせた鶏。
フランス人のこの無茶なやりくち‥‥
じっさいに食べるまでは「なにそれ?!」と
かなり否定的だったわたくしですけれど、
こうして「郷に入」ってしまうと、
「だってそのほうがおいしいじゃない?」となるのは
自分でもどうかと思う。
12時ぴったりにベランダに出て
「ボナネ!」(あけましておめでとう!)と叫ぶ。
犬のピノキオ君はわりと無愛想で
あまりかまってくれなかったけど、
この日だけは一晩中動いてる地下鉄に乗って
1時すぎにもどりました。
いいお宅だったなあ。
おふたりは連れ添ってもう30年になるそうだ。
ぼくは外国に来るとなぜかこういうのに弱い。
たとえば夕刻の帰宅時間なんかとても切ない。
自分が異邦人でこの街には帰る場所がなくて、
でも人々はたのしそうに家路を急ぐようなところを
見ると、じんとしてしまうのである。
この日も「ああ、おだやかにしあわせに暮らすというのは
あたりまえだけど、ちゃんとやっているのが美しいなあ」
と思ったのだった。
ホテルについたらなんだか
どんどん淋しい気分になっちゃって、
日記を書かずに就寝した。
●
明けて、雨の朝。パリを発つ日だ。
もう完全に「淋しい気分」が自分を支配している。
まいっちゃったなあ。
こう、人を好きになるかのように
街を好きになるという感覚は
ちょっといままで味わったことがなかった。
ほんとうにたくさん旅行をしているんですけど、
近い感覚を南米‥‥ブエノスアイレスで
ちょっと味わったように覚えているけど、
パリは‥‥強烈だー。
荷造りを終え、メールを確認すると
リコさんから持っていくものがあるから
ホテルに行くね! というメッセージ。
あのおいしいケーキ屋に
ガレット・オ・ノワ(新年6日に食べる、
陶器の人形入りのパイ)をもう売ってたから
ぜひ食べて! と。
チェックアウトから、プラハ行きの飛行機まで
時間があるので、きょうはモンマルトルに住む
カメラマンのマツイくんと
料理ジャーナリストの伊藤文さん夫妻の家に
遊びに行くことになっているので、
そこに持っていって食べてねと。
かしこまりました!
「あの友達はもう帰っちゃったの?
って、聞かれたよ」
ケーキ屋さんでそう言われたと。
そんなこと言われたら、ますますさびしくなっちゃうよ。
あと、山下哲さんへのおみやげを預かり、
ミレ・エ・ベルトーの「こんど行きましょう!」と
誘ってくださった別荘の写真をもらう。
はい、ぜひ、こんど、行きましょう。
って、ぼくは東京に住んでいるのだけれど、
まるでいつでも大丈夫かのように約束をする。
そのくらいの約束は、してもいいと思う。
「名残おしいね‥‥」と言いかけたら、
「ダメ! こういうときはあっさりがいいですよ!」
と、明るくせかしてくれて、タクシーへ。
モンマルトルへ、お願いします。
●
マツイくんとイトウさん夫婦は
カメラマンと料理ジャーナリストの若いご夫婦で
パリで知り合ってこうして生活をともにしている。
若いといっても、もう10年、パリに住んでいて、
モンマルトルの暮らしをとてもたのしんでいるように見えた。
アパルトマンは日本でいうと4階にあり
エレベータはなく、すりへったらせん階段をのぼっていく。
ドアのチャイムを鳴らすときれいな
ひとなつっこい猫が迎えてくれた。
雨が降ってきたので、部屋のなかでよもやま話。
クロワッサンとコーヒーをいただく。
そしてさらに延々と話し、
写真を見せてもらったり、著作を拝見したり。
マツイくんが撮った、三つ星シェフのポートレート集は
もうほんとうにすばらしいものだった。
ポール・ボキューズもアラン・デュカスもいました。
写真が好きで人が好きで食べ物が好きで、
ふかい愛情をもってひとびとを見ているのがよくわかる。
イトウさんはフランスの食文化に精通しており
日本の雑誌に寄稿するほかにも
『招客必携』や
『拝啓 法王さま - 食道楽を七つの大罪から放免ください。』を
訳したりもしているとても才気のあふれるひとだ。
いろんなことを、たくさん話す。
ほんとうにきもちのよいふたりだった。
いつまでも喋っていられそうだけど
4時には出発しなくてはならない。
写真をとりがてらモンマルトルを散歩して
おそめの昼ご飯を食べましょうということになった。
サクレクール寺院までてくてく登っていく。
けっこうな坂道、石段。
ぱらぱらと雨が降ったり、
さっと雲が切れてあかりがさしたり。
寺院に近づくと初詣(?)のひとびとが増えてくる。
観光の団体さんも多い。
ふたたび坂をくだり、ブラパリというカフェで食事。
オニオンスープ、フォアグラのサラダ、
ローストポークに、ビーフステーキ。
たっぷり食べる。パリでの最後の食事だからね。
どれもちゃんとおいしかった。
こういう「カフェ」でこれだけのものが出てくるというのは
やっぱりものすごいことだと思う。
部屋にもどり、リコさんが持たせてくれたガレット
‥‥なかにフェブが入っていて、それを当てた人は王様!
という、縁起物のお菓子を、食べる。
王様を当てたのはイトウさんでした。
4時にタクシーを呼んでもらい、
一路、ロワシー(シャルル・ド・ゴール空港)へ。
2ーBターミナルから、エールフランスとチェコ航空の
共同運行便にチェックイン。
パスポートコントロールはうんとあっさり、
でもセキュリティは靴まで脱がす徹底ぶり。
頼まれていた香水をひとつ買い、
感傷の間もなく、あっという間に飛行機へ。
飛行時間は1時間(近いね‥‥)で
プラハについた。
シノさんと、ともだちのチェコ人陶芸作家の
ラトゥカさんが待っていてくれた。
シノさんの家までタクシー、
心尽くしの「おせち」をいただき就寝。
ちょっと疲れが出てきたのか、
やや熱っぽい。
あすは無理をせずにいることにしよう。