いま東京で開かれている展覧会で、
もっともエキサイティングなもののひとつじゃないだろうか。
「旅するルイ・ヴィトン展」。
原題は「Volez, Voguez, Voyagez - Louis Vuitton」で、
「空へ、海へ、彼方へ──ルイ・ヴィトン」。
この展覧会はじつはパリのグラン・パレで
年末年始にやっていた。
まさしくその年始、シチリアからの帰り、
ちょっとだけパリに寄ったというのに、オルセーの
「売春のイメージ」に
あまりにも夢中になってすっかりくたくたになり、
「ほかの展覧会はどうでもいいや」などとサボってしまい、
この展覧会を見逃してしまったのだった。
あとから後悔しても無駄じゃ無駄じゃ、
チャンスの神様に後ろ髪はないのじゃ、
と反省していたところ、
まさか東京に来てくれるとは!!!
‥‥でもなあ、グラン・パレはそうとうでっかいぞ、
そこでの展覧会を持ってくるって、
東京の場所は「特設会場」ってなってるし
(デパートの会場をイメージしちゃう)、
うーんと規模を縮小してくるんだろうなぁ‥‥
しかも無料だというし。
と、じつは東京展にさほどの期待をしていなかった。
ごめんなさい。間違ってました。
ルイ・ヴィトンすごいよ!
いやはやびっくりした。
大興奮のまま、私はこれを書いております。
まず会場はたしかに特設会場。
でも紀尾井町の一等地に、
美術館を1棟、建ててしまったのである。
ウエブサイトもよくできていて、
オンライン予約もできるし、
地図は親切だし、
動画もわかりやすいし、
公式アプリもある。
そう公式アプリ。
これがすごいんだ。
懇切丁寧で遊びがあって、
じっさい会場でこのアプリの案内を使ったんだけれど、
まあちょっと動作がわかりにくい部分があるものの
とてもよくできたものだった。
展示はとてもわかりやすく、
1部屋1テーマで、
ヨットのコーナーには帆が飾られ
冒険のコーナーの背景は砂漠、
自動車は道路になっていて
空の旅は単葉機がつり下がっている!
列車の部屋はまるごと豪華列車の車内だ。
いたるところで、アーカイブされた名作とともに、
現代のルイ・ヴィトンの、ものすごくエッジの効いた、
アートとも言えるようなものが並んでいて、
この「新旧とりまぜ」におぼえがあるなあと思ったら、
まさしくその手法で有名になったキュレーターの
オリヴィエ・サイヤールによる展示だとあとで知って納得。
たとえばこの銀のバッグ(でかいほう)はバッグではなく
芸術家シルヴィ・フルーリーによる
クロームブロンズ彫刻である。
そして左の銀のバッグ(ちいさいほう)が、
ヴィトンのクリエイティブディレクターだった
マーク・ジェイコブスが「こりゃいける」と、
ほんとうにバッグにしてしまったもの。
それが、20世紀初頭アフリカ旅行をする
冒険家のためにつくられた
格納ベッド・トランクの前に置かれている。
こういうふうに
「歴史と現在を、感覚的に一気につなげる」見せ方が
オリヴィエ・サイヤールならではのもので、
こちらはクラクラしてしまうのだ。
さて、ぼくが興奮したのは展覧会そのものにくわえて
うれしい偶然が重なったからだ。
自動車でのコーナーのこと、
ぼくは前日に観た「ラルティーグ展」のことを考えていた。
ラルティーグの生きた年代はまさしく
ルイ・ヴィトンのクリエーションが花開いた時代で、
ブルジョアだったラルティーグ家にはきっと
ヴィトンの製品が(もちろんオーダーメイド)
たくさんあったんだろうなあと。
そしてラルティーグが写した被写体、
つまり彼をとりまく世界の住人たちもまた、
ルイ・ヴィトンを使っていたんだろうなあと。
自動車のコーナーにあった、レース用のゴーグルなんて、
まさしくラルティーグが子供の頃に
パパの運転する車の助手席に乗って撮ってた、
あのゴーグルそのものだものなあ。
ラルティーグじゃん!!!
ここでつながるのかー!!
ラルティーグ展でちょっとだけ
モヤモヤしていたことがあるとすれば、
ラルティーグや当時のフランスのブルジョアジーの
あまりの浮世離れぶりに
(それが彼らにとっての「浮世」だったわけだが)
写真というメディアや
カメラへの興味を介してもなお
いまの自分につなげることができなかった、
ということだった。
この写真を単体で見ても、
「ああ、戦前のフランスの金持ちってすげえな」
としか思えない。
それが「旅するルイ・ヴィトン展」で氷解する。
ここに展示されているものも、すべてが
もちろんブルジョア的なものばかりである。
顧客ひとりひとりの細かな注文に応えて
(何と何を入れてどこそこに行くから、
こういうトランクを作ってくださる?
という世界である)
ヴィトンがつくってきたもののアーカイブだから、
そりゃもうとんでもないものばかりなのだ。
けれども、ルイ・ヴィトンはいまや
日本の各都市に店を出し、
手軽とは言えないけれども、富裕層でなくとも
ちょっと無理すれば買えるものになっている。
中古屋や質屋にだって売っている。
かつて船旅でよごれた洗濯物を入れたスティーマー・バッグは
現在のやわらかなバッグの原型となった。
そしてこの展覧会からのメッセージは
「あなた様がお使いくださっているそのお財布もまた、
私共のこの伝統の流れにあるのでございますよ。
ありがとうございます」。
観る人はそりゃ気持ちいいわけです。
自分もまたこの伝統の末裔にいるのだと、
たとえそれが大きな思い違いだとしても、
ルイ・ヴィトンは否定なんかしないのだ。
ちなみに公式アプリでは
「あなたもトランクをつくってみませんか」
という遊びがある。
もう幾度か旅を共にしたらしく
ステッカーが貼られ、
自分のイニシアルも刻印してくれる。
自分で手荷物を持つ旅には不適だけれど、
いつか1コくらいつくってみてもいいんじゃないかと、
そんな魔法にかかって展覧会をあとにしたのでありました。
ついでに言うと展覧会のサービスもすごい。
スタッフが随所に配置されて、
まるで上客のように扱ってくれるだけでなく、
ひとりでぼんやりしているとすぐ話しかけてくれて
トランクの豆知識などを教えてくれる。
出口ではポスターもくれる。
図録もとてもよくできている(買いましたとも)。
小さなカフェがあってワインも飲める。
書いているうちにもう一回行きたくなりました。
ところで、ぼくはルイ・ヴィトン製品のファンではないけれど、
旅行ガイドブックは愛用している。
そうなのです、ルイ・ヴィトンって
旅行ガイドブックを出しているんですよ。
いまウエブサイトに載っていないみたいだけれど、
かつては日本語版の「東京」もあった。
それを読むと感じるんだけれど、
「旅のたのしみ」をほんとうによくわかっている、
そして愛している会社だと思う。
東京に住んで、東京のガイドブックで
あんなにワクワクすることはなかったんだよなあ。