ラルティーグ展に行ってきました。
ジャック=アンリ・ラルティーグ
(Jacques-Henri Lartigue)はフランスの写真家。
生涯アマチュアとして活動した人なんだけれど、
べつに「アマチュアであることに拘泥した」わけじゃ(たぶん)ないんだと思う。
なにしろラルティーグ家はものすごいお金持ちで、
いわゆる「ブルジョア」。
そこの子どもとして生まれた彼は、
べつに仕事としてカメラを持つ必要がなかったし、
表現としてやりたいことをやっただけ、
ということなんじゃないだろうか。
1894年生まれというから、
日本では江戸川乱歩、松下幸之助、濱田庄司が同い年。
ちょうど十代の多感な時期が
「ベル・エポック」の時代と重なって、
ものすごく華やかだったパリの消費文化に触れている人である。
20歳のときに第一次世界大戦、
45歳で第二次世界大戦という時代だ。
8歳で親からカメラを買い与えられたというが、
1900年頃ということは、コダックがカメラと写真の市場化に
成功した頃とはいえ、
35ミリフイルムが登場するのは1925年だから、
まだまだカメラもフイルムも現像やプリントにかかわる費用も
たいへん高額だったはずである。
いやはやお金持ちってすごいですよね。
しかもラルティーグはリュミエール兄弟のつくった
「オートクローム」も持っていて、
いちはやくカラー写真を撮っている。
「瞬間を撮る」ことに夢中になったラルティーグは
どうぶつや人がジャンプする瞬間であるとか
猛スピードで走る車の様子だとかを見事にとらえていて、
つまりはトライ&エラーの数だって相当なものだったはず。
カメラを持つ前の幼少期から
「このしあわせな瞬間は、まぶたを閉じれば記録できるんじゃないか」
と考えていたというから、
写真に進むのはもっともな話なのだけれど、
逆に、写真のほうが彼を選んだとも言えるのかもしれない。
写っているのは
もうほんとうにブルジョアジーならではの愉しみである。
水遊びやカーレース、飛行機の時代が来ると
なんと一家で飛行機をつくって飛ばして撮っちゃう。
(つくっちゃうんですよ!)
とうぜんテニスもするし、夏はバカンス。
戦争の時代だって退屈しのぎにスポーツである。
被写体は家族や友人たちばかりで、
だれもかれもが、にっこにこと屈託がなく、
その世界にはけれん味がいっさいなく、
「ただただほんとうの金持ち」ならではのものだ。
成金趣味とはまったくちがい、
つまり「気品」で覆われていて下品さのかけらもない。
その世界のありようは、見ているこちらとしては、
うらやましいとかそういう問題ではなく、
「ああ、そういうものか」と思うしかないのだった。
彼は撮りたいから撮るのであって、
それを見せて驚かせようとか感動させようとか、
いっさい考えていない。
そんな写真を、ラルティーグは生涯(92歳まで生きた)
16万枚のこし、個人的なアルバムのページ数は
「14,317ページ」にもなったという。
生涯裕福だったわけではないというけれど、
1930~40年代に窮乏したときも
「働くことで自由を失うことを拒否した」というから、
ふうむそうなのか、じゃあ別に困ってなかったのかもね、
と想像する。家財売ったらなんとかなったとか
そういうことかなあ。
そういう人なので写真史のなかでの
いっさいの批評とは無縁なようだ。
表現ではなく個人の趣味だから。
ぼくも「好きかどうか」と言われるとよくわからなくなり、
ただただ「すげえなあ」と思うのみである。
そんななかにも
好きな一枚はありました。