ぼんやりしている。
‥‥まあ、もともとぼんやりしてはいるんだけれど、
このところ、とくにぼんやりすることが多くて、
なにかいっしょけんめいにすることはないかと探してしまう。
あれから、なにか変わった?
と訊かれることがあって、
「うん‥‥変わっただろうなあ‥‥そりゃそうだよね」
とぼんやり答えた。そして
「なにが、どういうふうに変わった?」とさらに訊かれ、
それにはどうにもうまく答えることができなかった。
で「ぼんやり」なわけだけど、
なぜかというと、ついつい、そのことばかり考えてしまい、
きもちがふさぎ込んでしまうから。
つまりは「落ち込んでいる」状態にとても近い。
ぼくは具体的に、たとえば仕事、たとえば家、
たとえば、たいせつな人、を、失ってはいないわけだけれど、
それでも、こころのなかにできた消えない溝のようなものが、
向こう側(前)とこちら側(後)を決定的に分けてしまったような気がする。
個人的には引っ越しというイベントがあったけれども、
東京での日常は、かわらず過ぎてゆくわけで、
‥‥過ぎてゆくんだけれど、
「前」には信じて疑わなかったようなことが、
わりと、なにもかも色あせて見えている。
これ、そんなに大事だっけ? とか、
そういうふうに、ちょっと疑問に思ってしまうことが多くって。
仕事でもそうだし、生活でも。
そして「前」の自分をかなり遠くに見ているような感じがする。
なにやってんだろ俺、いったい何やってきたんだろ、と。
とはいうもののいまの生活を維持するには
いっしょけんめい稼がないとならないわけで
そして自分の仕事は「生活を楽しく」という提案の部分にあるわけで、
やっぱり自分が元気にならないといけないんだよな!
ジレンマ。
芸術に心遊ばせる時間が少なくなっているなか、
土曜日、ライブに出かけた。
大きな公演が延期になってしまった音楽家たちが、
チャリティでもなく募金でもなく、
ただ音楽を奏で、聴いてほしいという場所をつくろうと
無料のライブをひらき、Ustreamでも公開したものだ。
とてもとてもすてきなライブだった。
けれど、それでも、こころに落ちた暗い影みたいなものは
音楽を聴いている最中でも払拭できない。
あるいは、いままで聴いてきた音楽が
まったく違って聴こえてきたりとか。
ああ。
なかなかむずかしいもんだなあ。
ということで武井は料理ばっかりしてます。
昼は骨付き豚のリブロースを、
ルーマニアで食べた鴨のオーブン焼きをまねて
中にニンニクを仕込んでロースト。
夜は『LIFE3』のお好み焼き焼きました。
そして豆からエスプレッソを淹れ(なかなか難しい)、
飯島奈美さんに教わったラー油をつくり、
林屋海苔店さんにいただいた杏仁豆腐を仕込みました。