ワークアウトをしていたらなにか不思議な匂いがした。
この匂いは覚えがある。
革の匂いだ。
革が、汗を吸って、獣に戻った匂いだ。
なんだか文学的な表現をしてしまったような気もするが
けっしていいものではない。要は洗い忘れた柔道着の匂いだ。
なぜ覚えがあるかというと、その昔、ある夏、
海外取材のため成田から飛行機に乗ったとき、
そうだあれはオーストリア航空でウイーンに行くときだ。
たいへん強烈なその匂いがしたことがあるのだ。
うわ、くさい! 誰だ誰だ誰だ。
あ、きっと斜め向かいの、あのインド人のターバンだ!
まいったなあ、これから十何時間、あの匂いかよ!
と思って、左手で額の汗を拭ったとき気づいた。
それは私の時計バンド。
もわーん。
うわーっ、おれじゃん!!!
慌ててその時計を外し、げろ袋にしまってカバンの奥深くへ。
手を洗い、機内の免税販売でかわいいスウォッチを買った。
そんな苦み走った記憶を呼び覚ますその匂い。
つまりは、誰かの革のワークアウトベルト(腰に捲くのです)が
古くなって匂いを発しているにちがいない。
あ、あのトレーナーが怪しい!
空き時間に自主トレをしているあいつが、
見たことのないベルトをしている。それだそれだちがいない。
と思い左手で額の汗をぬぐったら、
うわ、まさか、これじゃ?!
それは私の借りているダンベル用の手に捲く布ベルト。
「うわー、これ、ひどくにおうよ」
と、トレーナーに言うと、
「武井さん、しーっ、ちがいますよ」
とやけにひそひそ声で言うではないか。
「ほら、ほら」
と、こっそり指さす向こうには、
あれは格闘教室にきている若者男子。
どれ、と、彼の3メートルくらい近くに寄ると、
‥‥まちがいないです。あれですあいつです。
しかし、ジムなんだから、多少の体臭はガマンしたいところだ。
誰にでも体臭はあるし、
ぼくだってデオドラントをつけて予防しております。
ちなみにブルガリのBVLブルー・プールオムですけどね。おほほ。
と思ってみるものの、やはり彼の匂いは強烈で、
例えるならフロア全体が馬小屋になっている。
ほんとうに馬小屋になっている。
私はウマ年でしかも丙午であるが
そんなことはまったく関係なくそこは馬小屋の匂いがしている。
そのあと口で息をしながら
青春の1ページをかけぬけるように急いでワークアウトをすませ、
別フロアに逃れ、アイシングをしてもらうこと15分。
やれやれ、やっと落ち着いたよ。
と、ロッカールームに入ったらば、
そいつが荷物をぱっかーんと広げたまま、
シャワーを浴びているではないか。
脱いだシューズから、口のあいたカバンから、
いたるところから馬小屋臭が!!!
しかもその荷物、ぼくのロッカーの真ん前!!
ぎゃーーーーーーーっ!!
いったん外に出て息をとめ中に入り直し
息をとめたままで着替えた。
「着替えオリンピック 無呼吸の部」
があったら記録保持者になれるくらいの速さで着替えた。
途中、鼻から少しずつ息を出すのがコツだ。
外に出て、ぷはーっ。
受付にキーを返したら
受付の男の子がすでにその情報を仕入れていたらしく(速い)、
「武井さん、大丈夫でしたか」と気遣ってくれた。
「息止めて着替えた」
と言ったら、ひどく同情してくれた。
いやほんと、ジムなんだから、多少の体臭はしかたないけど、
ちょっとは自覚してください。
ちなみに口臭者(男)と、香水者(女)に挟まれての
トレッドミル(ランニングマシン)も地獄ですからね。
どうか、ほんのすこし、自覚してください。とほほ。