土曜日。
気がつけば最終日。
あすの朝は7時半にロワジー(CDG空港)に向けて
出発するわけなので、
まるまるいちにち使える日は、
ほんとに最後になってしまった。
早めに起床したのは訳があって、
7時にオープンするMarché de Vanves
(ヴァンヴの蚤の市)に行くためです。
「6時半くらいから行ったほうがいいかも」
というアドバイスもあったんだけれど、
しょぼしょぼと雨が降っていたので
そんなに一斉に店(露店です)も開かないよなと、
ややのんびりめに、8時到着目標で
PORTE DE VANVES駅に向かう。
駅を出たところでどっちだ?
とわからなくなったものだから
そのへんでクルマの掃除をしていたお兄さんに聞くと、
「あっち、あっち!」と、とても親切に教えてくれた。
日本にいたことがあるんだそうで、
英語とフランス語に、片言の日本語をまじえて。
今回、人と話すたびに思うんだけれど、
2006年、2008年に比べて
みんな英語を話すようになったし
(話すことにてらいがなくなった?)
とても積極的で親切になっているような気がする。
そういう市民性、というか、全体的にそんな印象。
メルシーありがとうサンキュー!
さて、ヴァンヴは数百の露店が軒を並べる巨大な蚤の市。
高級なものが多いクリニャンクールとちがって
ぐっと庶民的で生活感があると聞いていたので、
とても楽しみにしていた。
じつはたかしまさんには目的があって、
奥さんに古いフェーヴを探すこと。
ガレッド・デ・ロワに入れる陶器のフェーヴは、
小指の先くらいのちいさな人形。
聖人像が多いけれど、それだけじゃなく、
いろんなかたちのものがあって楽しい。
いまもケーキ屋さん(主にブーランジュリー)は
年に一度のガレッド・デ・ロワの売り出しのため、
どんなフェーヴにしようか頭をひねるんだろうな。
長年にわたってフランス中で
そうやってつくられてきたものだから、
蚤の市に出るものも、
同じものが2つとなさそうなほど種類が多い。
最初にフェーヴをみつけたお店は、
老婆と中年娘のやけに目つきが鋭い
母娘がやっている露店で、
訊けばひとつ2ユーロだという。
あとでわかったんだけどちょっと高い。
(ほかは1ユーロでした。)
でも安い。高いけど安い。それにフェーヴって
まず同じものは見つからないので、
ここで気に入ったものがあれば買っておかねばならない。
たかしまさん、10個ほど選んで買う。
ま、ま、まけて‥‥? と言いたかったが、
この魔女のような母娘の前では
せっかく暗記していった
「いっしょに買うから安くしてよ」も
封じられたかのように出てこない。
ヴ・プヴェ・ベッセ・ル・プリ?
パルスク・ジュ・ヴザシュト・プリュズューゾブジェ。
せっかく電車の中で練習した甲斐がないというものである。
「わ、これは武井さんそっくりです!」
とたかしまさんが言う。
あらら、たしかに似ている。
そして「ゴリさんも見つけました!」と、
それはまさしくただのゴリラなのだが、
「すごい縁ですよ!」
とたかしまさんがせっかく言ってくれるので
ちょっと嬉しくなって買うことに。
でもこれただのゴリラだよね。ゴリちゃんというよりも。
次に見つけたお店でも、たかしまさん、10個購入。
いろいろダメそうなおじさん(でもセクシー)が
「1個1ユーロだよ。
10個も買うの?
じゃあもう2個おまけ」
と、12個で10ユーロにしてくれた。
仕事が終わるとさっさと仲間とドミノに興じてた。
あれは賭けてるな。
ぼくも釣られて12個買う。
タンタンがあったり、料理しているらしき人がいたり。
かわいくて小さくて軽くてうれしくて。
こういう買い物はいいですね。荷物が増えない。
ちなみにこのタンタンはニセモノですね。
ところがである。
やっちまったんである。
それは露店ももう終わりという、ずいぶん先にいったところ。
鍋釜のたぐいを並べている店があった。
古いル・クルーゼとか、
ガレットを焼くフライパンとか、
真鍮(フランスの人は真鍮をていねいに磨いて使うのが好き)の
壺のようなものとか、やかんや包丁とか。
そこにあった巨大な銅の鍋。
フランスで銅の鍋といえば
伊勢丹でも売ってるモヴィエルだが、
あれはひじょうに高い。
こっちで買うとちょっとは安いが、
それでも片手鍋で2万円くらいする。
そんななか、仔犬が泳げそうな、
「これは、たらいですか」と訊きたくなるような銅の大鍋が!
こんなでかい銅鍋見たことない。
実家(和菓子屋です)にはけっこう巨大な
「さわり」と呼ばれる銅の打ち出し鍋があり、
それはあんこを練るものなんだけれど、
それと同じくらいの容量なんじゃない?
うっかり年代を訊くのを忘れてしまったが
用途を訊いたら、コンフィチュール、つまりジャムを煮る鍋なんだって!
日本はあんこ、フランスはコンフィチュール。
やっぱ銅だよねー、と嬉しくなり、
値段を訊く前に買う気になってしまった。
いちおうぼくの予測は100ユーロ台。
200ユーロ以下ならいいんじゃないかと思った。
(銀行でちょうど200ユーロおろしてきていた。)
そしたらですね、あのですね、なんとですね、
「20ユーロで持ってって」
と、おじさんが言うではないですか!!
かかか買うー。カウカウー。
ついでに銅の、うんとちいさな鍋、
「ちっちゃいガレットを焼くんだよ」っておじさんが言うけど、
そうなのか?! ちょっと調べが足りないのだが、
オリーブを盛ったり、調味料を入れたりしたらかわいいだろう。
「それはひとつ5ユーロ」
わっ。かうかうかうかう。
「えっ、3つとも買ってくれるの? じゃあ10ユーロでいいよ」
わーっ!! 値切りのフランス語、まったく役に立たず、
けれども白魔術みたいに効いてる!
ここでもっと安くなんてやりとりは、
ぼくにとっては意味がない。
本気でもっと安くなきゃヤだとは思ってないし、
この蚤の市、そもそも、ぼったくり系ではないから。
「ゴミ袋だけどいいかな」と、
おじさんが袋に入れてくれる。
そうだ、なんとなく何か買うかもと、
袋を持ってきたじゃないか。
カルフール(スーパーマーケット)の買い物袋。
これがびっくりするくらいちょうどのサイズ。
「予感していらしたんですね‥‥」と
たかしまさんが呆れておられました。
そのほか、50年代の
レモネードをつくる瓶(フタができる)も買った。
ちょっといいなと思った、
魚の絵が博物学的に描かれたオーバル皿、
魚の種類(ひらめ、とか、うなぎ、とか)によって
いっぱいあって、
全部揃えると10枚くらいになっちゃうので諦めました。
あれが「肉」だったら買ってたね、
あとさき考えずに。
そういえばジャンポール氏宅には
チーズのそういうお皿があったっけ。
セットで300ユーロしたって言ってたっけな。
ぼくがそういう目で見ているからかもしれないけれど
ヴァンヴの蚤の市、調理用品や食卓まわりのもの、
つまり生活用品がかなり充実してました。
古いクリストフルとかいーーーーっぱいあった。
日本で買うと馬鹿みたいに高いから
(馬鹿と言いたいのは価格ではなく、
いんちきな若い雑貨屋の頭の中身)、
こういうの好きなひとはぜひ。
朝食をろくに食べていなかったので、
まんなかあたりにあったスタンドで
チーズとソーセージのサンドイッチ、
というかホットドッグ的なもの。
レンジではなくオーブンで温めてくれて、
これがまたうまいのなんの。
「こんな雑なものがどうしてこんなにうまいのだ」
と腹が立つくらいうまい。
ちなみに、手指の消毒用のジェル持ってって正解でした。
骨董触るとまっくろになっちゃうからね。
さて、戦利品をいったん部屋に置き、
最後のランチに出かける。
泣いても笑っても最後なのだから、
雨だけど笑って出かけることにする。
目的のランチは、もちろんタルタルである。
滞在中3回目のタルタル。
今回「タルタルを食べたい」と口にして、
3人の人から推薦をもらっていた。
そもそも「パリでタルタルならここ!」
って言うくらいの人は
たいへんな食いしん坊に間違いなく、
その熱量は比較しがたいわけで、
どの店にすべきかひじょうに迷う。
ジャンポール氏推薦の店1軒、
たかしまさんのクライアントさん推薦の店1軒、
そして、とのまりこさんが著書でも紹介なさっていた
超絶おいしいというお店1軒。
困った‥‥と思ったら、
最初の2軒が同じ店だとわかった。
とのまりこさんごめんなさい、
民主主義的に、そちらのお店に行くことになりました。
でもかならず行きますから! 次回!!
こうしてますます思いを残して、
また来ようとたくらむのである。
そんなふうに思わなくっちゃ、
旅が終わるせつなさに負けてしまいそうになるから。
Palais Royal - Musée du Louvre駅で降りて歩く。
駅前では「木と森」という展示をやっていてたのしい。
パリってそういえばこういう「あたらしい感じの木」を
あまり見ないので、とても新鮮。
さて、目的のお店は、
Place des vicroiresのちかくにある
les fines gueules。
とても品のよいエリアにあり、
入り口がわかりにくく、
通り掛かりには入らないタイプのお店。
そんなに観光客ウエルカムなオーラは出していないけど、
おいしそうだというムードはなんとなく漂っている。
時刻は2時ちかく、入ってみたらすいていて、
奥の4人がけテーブルをもらう。
メニューは黒板手書きのフランス語のみ。
定食(前菜、メイン、デザートを選ぶ)なのかなと思ったら、
「決まりはないわ! 好きに注文していいんですよ」
と、きれいなおねえさんが明るく言う。
ならば、前菜にカルパッチョを1皿、
メインにタルタルを1皿ずつお願いします。
ワインは赤をキャラフェでください。
タルタル、ふつうは「牛の(de boeuf)」なんだけど、
ここのはなんかいろいろ書いてある。
解読できなかったのだが、
その未知の感じに、それだけでワクワク!
うっかりしてたのは、
魚だと思って頼んだカルパッチョが、
なんと仔牛だったこと!
たぶん厨房で
「この生肉尽くし頼んだの誰!」
とか、言われていたことだろう。
これはよく見ればわかった。
ちゃんと「de veau」ってあったもの。
生肉3皿頼んだことになるけど、
いいや、好きだから。
「好きに注文していい」って言うから、いいのだ。
それにワインは赤。
透明感のある軽めの感じで、
カルパッチョにもタルタルにも合うはず。
(じっさいはもっと合うワインがあるだろうけど。)
そして、ひとくち。
ぎょえーっ! んまいーっ!
んまいのらーっ! と、まことちゃん状態で喜ぶ。
なんですかこれはーっ。
ほどよい噛みごたえで、
噛むほどにギュッ、ギュッと
うまみが口に広がる。
日本の牛のカルパッチョは
「とろけるよう」なんてのが上等とされてるけど、
ぼくは断然歯ごたえのあるこっちがいい。
うまいよううまいよう。
ワインも合うよう。
しかもあとでよくよく調べたら
母牛による乳飲み牛だとわかり、
罪悪感と旨さのダブルパンチ‥‥。
神様この食いしん坊をお赦しください‥‥。
そしてメインのタルタル。きましたきました。
つけあわせに青菜のサラダと、
ゆでた新じゃがが、ころんころん。
ポムフリットじゃないんですね!
その見た目が、まず、いい。
そして、タルタルですが、
ここのは最初から混ざってる方式で、
調味料はいっさいでてこない。
つまりは「基本的にこれでお召し上がりください」という
料理としての矜持があるのだろう。
そして、上に、ドライトマトが乗っている。
ドライトマトって塩気と旨味が濃縮されてるから、
「味を調整したければこちらでどうぞ」
ということなのでしょうね。
でも初めてだ、タルタルにドライトマト。
ゆえに、見た目は、赤。まっかっか。
そして、ところどころ「ごろん」と
大きめの肉が入っているのがわかる。
おそらく、包丁を使って手作業でミンチにしているのだろう。
これもあとでわかったんだけど、このタルタル、
「Fameux tartare d'Aubrac au couteau」
という名前なのだ。
つまり、ライヨールの肉切り包丁で刻んだ、
“有名な”タルタルだと言っている。
(Aubrac au couteauは、わたくしもディナー用を買った、コレです)。
御託はいい。食べましょう食べましょう。
もうそこからは「肉とわたくし」の世界に入り込みました。
ひたすら、うまいよううまいよう、
ああ、食べると減っちゃうよう、
どうしよう困った困った、
でも止まらないよう。
たかしまさんも同様だったようで
ぼくがさいごにじゃがいもをひとつとっておいたら
「さいごがじゃがいもですか!」と
(肉じゃないんですか! と言いたげに)。
ふふん。違うのさ。いま口の中に入っている
最後のタルタルと、このじゃがいもを合わせて、
みごとなフィニッシュ、肉とじゃがいものマリアージュなのさ。
‥‥どうでもいいですね、そのやりとり。
そして食べ終わる。
ああ、終わってしまった。
この食後感、まさしく今回の旅そのもの。
かならず、せつない終わりがくるから旅なのだ。
ランチではデザートをパスすることが多かったんだけれど、
名残惜しすぎて頼むことにする。アンコール気分。
たかしまさんは“半分焼いた”フォンダンショコラ。
ぼくは赤いくだもの(ベリー)のフロマージュブランソースがけ。
そして、コーヒー。
いずれもたいへんおいしゅうございました。
ああ、ぜいたくさせていただきました。
その後、パレロワイヤルの中のフィギュア屋へ。
タンタンがいっぱい‥‥。
さらに同じ作者のエルジェによるマンガ
Quick & Flupkeのフィギュアまで!
大勢がデモをしているこのセット、
いちおう値段を訊いてみる。
450ユーロだそう。
その世界ではまっとうな価格なのだろうけれど、
通りすがりのものにはツライ金額でございます。
(とうぜん、あきらめる。)
1号線で移動。Hotel de Villeに行き、
セール中のBHVをぶらぶら。
ものすごく混雑している。
ボンマルシェが伊勢丹新宿店なら、
ここはどこだろう? この異様なにぎわい。
ハンズとロフトと全盛期の西武を足した感じ?
文具フロアや調理用品フロアが楽しい。
エプロンを試着して1枚購入。
レジのおねえさん、
「パスポートとかなにか証明ないの?
住人でないことがわかれば1割引きなのよ」
と残念がってくれた。
ありがとうございます。
BHVのペット館を覗いて、アパートへ。
ああ、帰りたくない。
帰ると終わりが近くなる。
どこにいても時間は追ってくるわけだから
そんなこと考えてもせんないことだけれど、
そういう気持ち。
ラマルクコーランクール駅に降り立つのが、
ほんとうにさびしかったなあ。
しかし気を取り直して、きょうは残飯処理ディナー。
昨日ごはんをご一緒したクノさんもお誘いしてある。
たいしたものは出せないが、
さすがに残飯だけじゃなんなので、
せめて、と、スパゲッティを追加することにして、
軽く食材を買い足して部屋に戻る。
ついでに自分用のコーヒーも買いました。
スーパーの安コーヒーコーナーでも
日本で売ってないPOD用がたくさんあるんだもの。
これでしばらく家でのエスプレッソ
(フランス語ではエクスプレス)も安泰。
飲んでバタンQだとまずいので、
調理前に基本的なパッキングはやっておくことにする。
詰めるだけだけど、本やワインやナイフがあって
重いのなんの。
なんとか詰め込む。
さて、料理、料理。
ルッコラとサラダ菜と「牛の心臓」という名のトマトを
オリーブオイルとライムで調えて生ハムで巻く。
これで1品。思いつきでつくったけど
あんがい豪華に見えてよかった。
前につくって冷蔵庫に入れてあったローストチキンは、
骨から外して食べやすい大きさに切るだけ。つまり冷製で。
そのときつけあわせにしたポテトは、チンするだけ。
そして、チーズは盛り合わせにした。
2時間前に開栓しておいたジュラのワインも準備万端。
スパゲッティーのソースは、
さらに前につくったローストポークを刻み、
にんにく、黒こしょうたっぷり、そしてポロネギを刻み、
オリーブオイルでじっくり30分近く加熱。
生卵を2つ落として、
コンテを削って(ああもったいない)入れて
カルボーナーラふうのソースにしました
(あくまでも「ふう」です)。
これはちょっと苦味のあるおもしろい味になった。
ソーセージは2種類、薄く切って出す。
フィグのコンフィチュール、
ナッツのはちみつ漬け、
瓶詰めのフォアグラはそのまま。
これでかなりの御馳走でしょう!!
たかしまさんがMONOPRIXで買ってきたろうそくを灯してくれて、
残飯ディナー、見た目的には大成功でした。
料理ができあがった頃、雨のなかクノさんがやってきた。
もうほんとうにたくさん食べて飲んでくださって、大感謝!
ぼくもたかしまさんも楽しく飲んだ。
とくに、ジュラのワイン、すばらしかった!
これはVIN JAUNEの製法じゃないんだけれど、
ほとんど同じなんだよと、
買った近所のワイン屋のあんちゃんに聞いていたとおり、
すごかった。すさまじかった。こりゃ体験しといてよかった。
シェリーの芳香に、貴腐ワインのような甘み。
コンテといっしょに口に含むと、堪らない。
クノさんはずいぶん気に入ってくださったようで、
赤に行かず、白いっぽんで飲んでおられた。
味が濃いのでそんなにたくさん飲めないんですけどね。
もう1本あけたBordeaux近郊の赤もたいへんよかった。
このあたりは焦ってて写真撮ってないのがくやまれます。
いやあ飲んだ食べた喋った!
喋らないと淋しくなっちゃうから。
そして残った食材は、迷惑をかえりみず
「持って帰っていただけると‥‥」と
クノさんにおしつけちゃった。
ごめんなさい、女性の腕には重かったですよね。
しかしこのソシソン、妙なラベルだな‥‥。
終宴後、皿を洗ってテーブルを片づける。
片づけていくと最初に借りたときの状態に戻っていく。
だんだん、部屋がよそ行きの顔になっていく。
こういうのは、ホテルでは味わえない感覚だ。
もうすぐこの人たちは去る。
部屋のほうもそのことを心得ているらしく、
次のお客を迎える顔を、
あっちを向いて、し始める。
けれどもこちらには
「もう一晩、もちろん大丈夫。
ゆっくりしていってくださいね」と、
旧知の中のように語りかけてくれるのだ。
もう帰国の日付になった。
外では雨の音がしている。
出発の朝も、雨だろうか。